ロマン主義アニメ研究会

感想、考察、等。ときどき同人誌も作ります。ネタバレ注意。

鉄、アイドル、宝石──宝塚雪組『Lilacの夢路』感想

宝塚雪組『Lilacの夢路』。4月から5月にかけて咲くというライラックの季節にちょうど、大劇場で公演が行われます。お空も綺麗に晴れていて、まだ暑いというほどでもない心地よい気温。木漏れ日の花の道も美しくて、大劇場の中と外とが繋がっていくような、観終わった後もずっとドロイゼン兄弟たちの歌を(そして、『ジュエル・ド・パリ』の歌も)口ずさんでしまいそうな。そんなすっきり晴れやかな、夢や希望にあふれた明るく素敵な作品でした。

(『ジュエル・ド・パリ』もずっと見ていたいような、終わってほしくない、と思うような素敵なショーでした。主題歌もすごく良かったです。)

目次

「鉄の歌」(!)

冒頭からいきなり、もうドロイゼン家のアイドルたちに心をつかまれました。あの「鉄の歌」(仮)の場面です。

サビ?(鉄だけに……いやなんでもないです)の、

人の手から 機械へ

鉄が全てを支配する

というところはしっかり記憶しています。

そして続けて、鉄は曲げられる、伸ばせる、強くて丈夫、みたいな「鉄」という素材の素晴らしい特性について、歌い上げ(?)ます。──イケメンすぎる三兄弟が、銀橋で。素敵なダンスを踊りながら。

愛やロマンを歌うのではなく、「」というのがちょっとシュールにも思えるのですが(スカステ「NOW ON STAGE」でも、微妙にそういう感じのお話があったかと思います)、かえって私には、それがとてもカッコよく思えました。美麗すぎる3兄弟が、ものすごくカッコよく踊りながら、「鉄」という無機質なものへと情熱をぶつける姿。男役らしい、ひたむきな美しさが感じられました。(振り付けも印象的で、マネしてみたくなる。鉄や機械を表すような?動きだったと思います。メロディもずっと頭から離れない。)

さらにそのあと、「ドロイゼン・ファイヴ」(5人兄弟)による歌とダンスが続くという流れでした。

私はもう、この冒頭から始まる一連の、まるでアイドル・ステージのようなシーンにいきなり心をつかまれてしまい、大興奮してしまいました。ああ、いいなあ、綺麗でかっこいいなあ、雪組の皆さんが輝いてるなあ・・・と。

なので2回目に観に行ったときは、鉄の歌きた!ドロイゼン・ファイヴきた!と、ワクワクしながら楽しみました。

アイドル・ドロイゼン5

そう、今回感じたのは、本当に皆さんがアイドルのように輝いていた、ということです。特に私の大好きな、朝美絢さん、和希そらさんは、本当にアイドルのようでした。──もしかすると、アイドルというのを悪い意味で捉える人がいるかもしれませんが、私としては、最高にポジティブな意味で使っています。ステージの上で光り輝く存在、その人のことを思うといつも気分が高揚する存在。そのような意味なのです(私はもともと個人的に、二次元・三次元のアイドルが好きなので、ついそういう言い方になってしまいます)*1

彩風さん長男を中心としながら、朝美さん、和希さんがキラキラと輝いていて、両目で追いかけるのが大変なほどでした。(S席で2回観ることができたのですが、どうしてももう一回見たくて、わずかに残っていたB席を追加しました。少し離れて、全体を見渡すように観るのも良いだろうなと思います。)

朝美さんが美しくて素晴らしいというのは、もう言うまでもありません。お一人で歌う場面でも、とても綺麗な歌声を聴かせてくださって素晴らしかったです。

和希そらさんの軍人さんのお衣装もとってもお似合いでした。さすがのダンスもとても美しかったです(軍服でダンスをしているのも、アイドルっぽく思えた)。

縣さんが中心となって(和希さんも一緒に)製鉄所でダンスする場面もとってもカッコよかった。

こんなふうに、それぞれの場面ごとで、衣装や楽曲、テイストの異なるいろんな歌やダンスを次々と披露していただいて、とても贅沢で、まさにアイドルのステージのようでした(ミュージカルなので当然と言えば当然なのですが)。

そういえば、インテリ、軍人、ひたむきな職人、などというように、メンバー(兄弟)がさまざまな属性(?)をカバーしていて、その点でもまさに究極のアイドルユニットと言えますよね(?)。(朝美絢さんはインテリな役がとても似合うと思う。私は個人的に知性的なキャラクターが好きで、だから本当にありがたいです。*2

あとアイドルユニットはメンバーの関係性というのも重要ですが、兄弟という設定でその辺りも楽しめますよね。スピード重視で信念を持って突き進むリーダー(長男)。それに振り回されながら、やや複雑な心境の次男。そんな兄さんたちをフォローする、優しい三男。そんな彼らの関係を、良いなあと思って見ているアントン……(「信頼」の歌の場面など。「NOW ON STAGE」での縣さんのコメントがとてもピュアで素敵だった)。

理屈で考えても面白いが……

まあ実際には、あの「鉄の歌」(仮)は冒頭というより、その少し後なのですが。本当の冒頭のシーンは「夢」の場面でした。この「夢」にも、朝美さん、和希そらさんが出ていらっしゃいましたね(本当に、素早くお召替えをなさっているのですね……)。

うたた寝をしながら、そろそろ朝美さん・和希さんたち演じる兄弟たちが来る頃かな、という長男さんの頭の中のイメージと、その直前に読んでいたゲーテのニュースとが混ざって、そのような夢になったのでしょうか。

ちなみにこのゲーテの死というのは、ある意味で一つの時代の変わり目を表現しています。同じ雪組さんの『fff』では、ナポレオン、ゲーテ、そしてベートーヴェンが、時代精神のいわば深層における交流を果たしていましたが、今回のお話『Lilacの夢路』は、その少し後の時代のドイツ。『fff』のナポレオン(彩風さん演じる)とゲーテの対話の場面では、もっと速く情報や物が届けられたなら、ヨーロッパが一つに繋がったなら、といった話題が出ていましたが、それを担う欠かせない手段の一つは「鉄道」でしょう。ゲーテらが新しい時代の扉を開いたとすると、さらにその少し先、より未来へと進んでいく場面を描いています(「Zukunft製鉄所」というネーミングも未来ですよね)。

しかしながら、そういう時代背景*3や(『公演プログラム』の経済史の先生の記事もとても勉強になった)、宝塚歌劇のそもそもの始まりは「鉄道」にあることなど(『公演プログラム』。謝珠栄さん。小林一三生誕150周年。鉄の「レール」を伸ばして繋げる、過去から未来へというようなテーマも、そんな昔の時代から今に至るまで繋がってきた伝統、さらにその「レール」の繋がっていく先に、初舞台生さんが今回登場なさって……という感慨もある)、いろいろと理屈で考えてもとても面白く、楽しめるお話なのですが、しかしそういったことをあまり考えずとも、直感的に、感覚的に、とにかく素晴らしい雪組のスターさんたちをしっかりと楽しむことができ、まさにうっとりと「夢」に浸ることができた、というのが私の感想です。

考えさせられるお話/楽しめるお話

今回のお話は、あんまり難しく考えなくとも追いかけられる、割とまっすぐなお話だと思いました。もちろん「闇」の要素もあり、一筋縄ではいかないのですが、残酷さ、トラウマ、苦しみ、憎しみ、というような人間の心の苦悩などがそれほど描かれるわけではありません。

お話は情熱的に、テンポよく進みます。ハッピーな、希望にあふれたエンディングに向けて。なので、お話そのものにう〜んと唸らされたり、あまり考え込んだりすることなく、ただ純粋にステージを楽しむことができました。

実は私は、すでに退団された上田久美子さんの作品がとても好きで、スカイステージで放送があるたびに保存していって、「上田久美子さん作品集」ディスクを作っているほどです(あの100GB入るやつで)。なぜなら、上田さん作品のお話には、いつもとても深みがあるから。本当に考えさせられますし、引き込まれるお話が多いのです。例えば、『金色の砂漠』、『BADDY』、『fff』などは、そういった意味で私は特に好きです。

スカステの「演出家プリズム」という番組では、上田さんは、ただ眺めて楽しむだけでなく、鑑賞者自身の心の闇を暴くような、暗いものに直面させるような、そういうタイプの現代美術の作品について言及されていました。いわゆる「考えさせられるお話」というものも、たいてい、読者や鑑賞者はただの傍観者のままではいられないものです。よほど鈍感な人ではない限り、見ているうちに自分自身について否応なく考えさせられたりします。

その意味で言えば、今回のお話はそういう「ものすごく考えさせられる」といったタイプのものではありません。あまり自分自身の存在について自問自答などすることなく、むしろ普段の日常をすっぱり忘れて、舞台の美しさ、スターさんの輝きに、シンプルに没入して楽しむことができました。

これはどちらがいいというものではありません。たぶん、両方がなければダメなのです。純粋に楽しめるお話もいいけれども、それだけだと飽きてしまったりするかもしれません。新しく興味を持って観に来られる人を増やしたり、色々なタイプの観客を惹きつけるには、きっと色々なタイプのお話が必要なのです。私は宝塚を見るようになってまだそう長くはありませんが、スカイステージなどで過去作品を見ていると、本当に様々な種類のお話があることに驚きます。「宝塚はいつもこういう感じ」などとは決して一言ではいえないのです。かなり芸術性が高かったり、見る側にそれなりの教養を要するようなお話もあります。かと思えば、気楽に感覚的に楽しめる娯楽に重点を置いた作品もある。海外の傑作ミュージカルもあれば、漫画作品をベースにしたお話もある。

(ちなみに私がスカイステージに加入したのは、『fff』を見た時。このお話は何だ!と思って、もっと解説や説明が欲しくて、「NOW ON STAGE」を見るために加入したのです。だから、そういうフックになるような、何か心に引っ掛かるような作品は、やっぱり必要なのだと思います。)

何回も観たい

つまり今回は、お話や構成が比較的シンプルだったからこそ、雪組さんのスターの輝きがすっきりとくっきりと見えた気がした、ということです。それこそキラキラとした宝石のような、ジュエル・ド・宝塚ともいうべき、美しく輝かしいスターさんが贅沢に揃っていらっしゃる今の雪組さんの魅力を、わかりやすくはっきりと見せてくれたお話だったと思います。少なくとも私は、ああ、こういうのが見たかった!!と思いました。(『蒼穹の昴』のフィナーレで、和希そらさんが真っ赤なお衣装に身を包んで登場し、銀橋を歌いながら進んでいく場面を見て、ああこれはもう本当にアイドル・・・と、ぼうっと、恍惚と見ていました。) トップ娘役さん、夢白さんも、華やかな衣装で登場されて、とても綺麗でしたね。

なので、この『Lilacの夢路』、もう何回だって観たい。観ながら歌いたい、踊りたい。「鉄の歌」きた!とか言いたい。・・・というわけで、これはもうブルーレイを買っちゃおうかなと思っています。宝塚関連はスカイステージに毎月お金を払っている代わりに、円盤類は滅多には買わないと決めていたのですが。放送まで待てないし、プレーヤーに入れっぱなしにしておいてぐるぐるとずっと観ていたいと思ってしまう。『ジュエル・ド・パリ』も、もちろん何度も見返したい素晴らしいショーでしたし(しつこいですが、主題歌が本当に良いんですよ)。

*1:「アイドルとして君臨する朝美絢」、藤井大介さん、『公演プログラム』

*2:けれども、スカステで観た、ロミジュリ新人公演でマーキューシオを演じる朝美さんは、ぞくっとするほど良かった。美麗で端正な顔立ちなのに、やんちゃで悪そうで危ない、というのもとっても良い。

*3:ベルばらをはじめとして、このあたりの時代、18世紀末〜19世紀のヨーロッパを宝塚は描くことが多いですよね。旧時代的・貴族的なものと、近代的なものと、両方を混合して、いわばいいとこどりで描ける、というのもあるのかもしれません。近代的な価値観に基づくお話は我々に馴染みやすいですが、やはり貴族的な豪華な雰囲気も味わいたい、という条件を満たしてくれます。