ロマン主義アニメ研究会

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プリパラの偉大さについて──僕たちは出会うのが少し遅すぎたようだね

 プリパラ、終わってしまうんですね

 

「僕たちは出会うのが少し遅すぎたようだね」(紫京院ひびき, 3-26

 

いや、何回でもアニメを観よう。

筐体ゲームは結局、あんまりたくさん遊べなかったけど、

 

いいんだ、アニメは何回でも、観ることができるから。

 

レオナ君の載ったプリチケだって、ずっと眺めることができるんだから。

 

(後で眺める目的なので、特に彼にお似合いの衣装を着せてあげたときは、ドリチケのどアップのが出ないかな~と思って、何枚か買ってしまう。)

 

 

──昨年ようやく私は、プリパラ(アニメ)を「発見」し(私の視点で)、中毒的にハマってしまいました。特に一時期は、プリパラのこと以外はすべてつまらなく思えてくるくらい(=典型的な「依存」の症状)、ハマってしまった。筐体ゲームの方は、アニメを理解するのに不可欠と思って取り組みましたが、最初はそれほど面白みを感じず、少し拍子抜けしたものでしたが、根気良く取り組んでいくうち、やはりこれも一種の酔っているような、中毒的な快楽を味わうようになり、ハマってしまいました。何より、マイキャラで遊ぶのみならず、レオナを選択することで、楽しみ方が広がりました。大好きなレオナ君に、あれを着せてあげたい、こっちが似合うかな、などとコーデを考えるのが楽しくて仕方がない。・・・でも、こんな楽しみを発見したのも比較的最近のこと、しばらくすると、もうすぐ稼働が終了するというめが姉ぇからのお知らせが舞い込んできました。

  

 しかしそれにしても、世間での流行の時期とあまりにずれてハマることができるのは、動画サービスなどが充実している現代の幸運でもあり、また不幸の元でもあるかもしれません。アニメもゲームももう終わる、という頃になってようやく、異常なハマり方をした私のように。

 

 

プリパラの偉大さ ~噛み合わない二人は

プリパラは、本当に「偉大」です。

「偉大」という言葉が、すっと出てきて、いつもこの言葉に終始します。

 

「偉大」なんですよ。プリパラは。

 

私の場合、 

レオナという崇高な存在がいる、ということがすでにプリパラの偉大さを端的に表している、と思っています。特に私にとってこれはとても大きい。

 

あじみ先生を見た時も、偉大さを感じました。

 

ガァルルの初ライブ(そしてガァルマゲドン正式結成後のライブ)を見たときにも、強くそれを感じました。

 

これだけの子たちが、み~んな友達、み~んなアイドル、なのです。これらのすべてを包み込むもの、それがプリパラなのです。それはいかに偉大なことか。

 

シーズン3で「神チャレンジ」が現れるとき、私は、背筋がゾクっとするような、鳥肌が立ち、全身が震えるような奇妙な感動を(毎回、出てくるたびに)味わったのですが、それは、そこにプリパラそのものの偉大さが、直接に顕現しているからなのだろうと思います。というのも、「噛み合わない」みんなが(がっちりとは噛み合わないまま)「友達」になって、「神アイドルを目指すの」がプリパラですから。簡単に言えば、プリパラの偉大さは、ここにあるのです。

 

 

一切の疑問(つまらないツッコミ)を超えて

もちろん、そのほかも含めた一切が、偉大さに満ちています。

レオナだけでなく、シオンもドロシーも偉大である。

 

だがその前に、思い返せば、らぁら、みれぃのライブを(初めてアニメで)見たとき、すでに私はその偉大さの片鱗を見ていたのだった。ーーなんだなんだ、メイキングドラマ?そして、サイリウムチェンジ???  これは一体何なんだ!! 色使いも光も過剰で、すべてが圧倒的で、頭がクラクラする・・・!!(思い返せば、このときすでに、プリパラ酔い、プリパラ中毒は始まっていたのだった)

 

また、なぜ囲碁?という、シオン登場時に抱いていた疑問は、その後の展開を追うに連れて、いかにちっぽけなことだったのか、思い知らされることになる。プリパラの偉大さを前にして、そんなつまらないツッコミをいれて面白がっていた自分が愚かだったとわかってくる。プリパラは、こうした一切の小さなツッコミや疑問をはるかに超えて、突き進んで行く(偉大です)。

 

そして、「ちょっと良さげっぽい?」[1-11]とみれぃとともに思っていたドロシーの陰から双子の片割れちゃんが登場し、しかもその子は後日学校でスボンの制服を着ているのを見たとき[1-12]、はっきりとプリパラの偉大さを確信した。(そしてしばらくして、その子を好きになった。初めて、二次元の男の子に恋をした。) 

 

(補足)プリティーシリーズ

 私は昨年プリパラにようやく出会ったくらいですから、プリティシリーズというものの全容がどうなっているのかよくわかっていませんし、今後どのように続いて行くのかもわかりません。このシリーズそのものにそんなに愛着を持てるかどうかもわからない。

 

 『プリティーリズム』(アニメ)をちょっとずつ見始めているけれども、たしかに、なるほど、プリリズのこういう部分がプリパラに受け継がれているのかな、と思われるようなところを見つけながら見るのは面白い。けれども、私の場合、プリパラ抜きでいきなりプリリズを見たら、面白いと思ったかどうか。

 とはいえ、フィギュア? チア?(バトポンなるアイテム) けど、歌も歌う? お洋服の声を聞いたらジャンプができる??(けど、下手をすると命を落とす?) (お笑い修行??)・・・??? というような、「ちっぽけな疑問をはるかに超えて、突き進んで行く」という感じは、プリパラ同様、素晴らしいと感じる。ベアチたちかわいいし。

  あいら(を演じている阿澄さん)が、会話の中であんなに自然に「ハピラキだよ~」(HappyLuckyの意)と言えるんだ、と驚いたり。

 

 そんなに面白くないと思っていたはずなのに、だんだん面白い気がしてくる。この独特の雰囲気は、なるほど、プリパラに継承されている、と感じる。