ロマン主義アニメ研究会

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ごちうさとの出会い 〜「Daydream café」から。カワイイの真実。

 

ごちうさとの出会い。 

 

この可愛さに泣く、っていう現象は、一体何なんだろう。

 

なぜ涙が出るんだろう。

 

何か、感動の涙かもしれないし、懺悔の涙のような気もする。

恍惚して、感動した涙。

 

自分が薄汚れていてごめんなさい、

この純粋で可愛い人たちに比べて、自分の汚さに懺悔するような、

それでも少しだけでもその薄汚さが、浄化されていくような。

 

 ごちうさとの出会いは、アニメ、より正確に言えば、「Daydream café」でした。

 

 「心ぴょんぴょん」とか、そういうものがどうやら流行っているらしいということで、でも、正直な話、タイトルとか、特にシャロちゃんのフルール衣装が目について、何というか、あ〜、なんか、女の子をご注文するみたいな、ちょっといやらしい感じの、典型的な萌えアニメね、このメイドさんみたいな感じの衣装とかさ〜、まあ、人気らしいから、ちょっと見てみようかなと思うけど、たぶん自分は関わらないなあ、などと遠巻きに見てましたね。(と、当時の自分の思っていたことを、思い出して今書いているんですけど、それがあまりに冒涜的なので、辛い気持ちになってきた。このころの私は無知だったばっかりに、心の中で、ごちうさのことをこんなふうに思ってただなんて・・・「ダメです反省です」![シャロ曲「夢・もしもしもしも?」])

 

 で、とにかく、このオープニングの曲が、可愛くて仕方がないとかっていう話題なので、アニメ動画を見るのはハードルが高かったけど、曲くらいなら、と思って、電車の中で、試しに聞いてみたんですよ。

 

 そしたら、もう、すべてがそのとき以来、変わってしまったと言ってもいい。

 

 その瞬間から、私は今の今に至るまで、頭が『ごちうさ』の世界に行ったきり、帰ってきていません。

 

 思い返せば、『ごちうさ』にハマって以来、いろんなものを失った気もするなあ。けど、全然失ったという感覚がなくて、急激に人生が豊かに楽しくなった、というようにしか思っていない。でも他の人が見たら、失っていると思うんだろうなあ。

 

 これが“人生クラッシャー”というやつか。いいよいいよ、クラッシュしてても。ロリコン、女装趣味、性倒錯者、何でもいい。むしろ元々の「逸脱」を忌避するのではなく引き受けることができるようになったよ。こういう言い方にとらわれることはない。「名付け」の暴力に屈してはならないのです。

 

 昔から可愛いものが大好きだったし、もっと言えば可愛くなりたいんです。なんとなくそういう気持ちを抑圧してきたけど、その必要も、もうないんだ。

 

◆ 

 「Daydream café」を初めて聞いたとき、自然と涙が溢れ、そして涙が止まらなかった。電車の中なのに、下を向いて、涙が止まらなかった。

 ──いいですか、みなさん?私は、ごちうさの原作どころか、アニメも見たことがなかったのですよ?「Daydream café」を、しかも一部だけ、何か動画サイトか何かの無料で聞ける範囲で聴いて、そしてこうなってしまった。もちろん、その直後にすぐ、車内でiTunes Storeから「Daydream café」を単体で購入しました(こういうとき便利だよね)。それでフルで歌詞を見ながら聴きました。20分くらいの、同じ電車に乗っている間の出来事です。(だから、その後買ったCDも、多分数枚持っているけど(限定版の存在を知ったからね)、それらをiTunesに入れ直したので、今でも私のiTunesには、その電車の中で単独でダウンロード購入した「Daydream café」が、重複して入っているままです。)

 

 可愛さで泣くって、こんなことあるの?? と、自分の身にたった今起こった、初めての現象、初めての体験に、何か他人事のように驚いていました。

 

「簡単には教えないっ」、「内緒なの〜」とか!!!

「なんで?なんで?」とか!!

 

・・・可愛さが異常で、過剰。

 

 何から何まで甘くて、てんこ盛りな甘々チョコレートパフェ、しかも、変なジャリジャリのコーンフレークなんかも入っていない、下から上まで全部ふわふわ甘々なクリームがぎっちり詰まっていて、さらによく見れば容器とか、スプーンまで、甘い砂糖菓子でできているよ!!というような、過剰てんこ盛り甘々デザートを食べ続けているような、可愛さに殺されかけるような、そんな体験でした。

 

 歌詞も、メロディーも、あまりにキャッチー、あまりに引き込まれる作り。その上、声優さんたちの歌声、歌い方が、絶妙すぎた。あんまりブリッコもしすぎてないんですよ。嗚呼、それがもうたまらなかった。絶妙な脱力感。 何というか、ちょっと力ない感じというか、ぷしゅ〜っと少し気が抜けてるような、無気力感、脱力感のある歌声で、そんなに声にハリがないんです。・・・だけれども、一生懸命歌ってる、というのがわかる、そういう絶妙な歌い方、歌声で──これって偶然なのか、声優さんの工夫によるのか、あるいは演技指導の賜物なのかわかりませんが、ほんとうに、ふるふるしてそうな生まれたての子ウサギのような、・・・そうそう、まさにプチラビッツだよね、そういう感じだったのです。(ちなみに、各キャラ単独バージョンを聴くと、そんなに“ふるふる”してない。リゼ、シャロなど特に。ミックスされた時の独自のものなのかもしれません。)

 

 たまらなく愛おしい。

 これほど、守らなければならないような、純粋な、脱力感のある、まっすぐに可愛いものに対して、何というか、拝むような気持ちというか、あるいは逆に、それと比べたときの自分の薄汚さが悲しくなるような感じというか、そういう複雑な感情で、涙が止まらなかった。

 

 もちろんそのあとめちゃくちゃアニメ見た。原作も読んだし、CDも買い揃えたし、円盤も買ったし、グッズも買い、その後も追いかけ続け、今に至る。きららMAXも毎月3冊買い続けている。

 

 追いかけていくうち、ごちうさは必ずしも、甘々尽くしじゃないということもわかってきて、一層惹きこまれた。可愛いけど、それだけじゃないし、可愛さといってももっと複雑で、物語とか世界観の構造からして可愛いんだと気付いたし、それだけにもっと一層抜け出せないくらいにハマっていきました。

 

◆可愛いの真実、可愛いと言っている自分が可愛い

 チノちゃんになりたい欲求が抑えられずにコスプレも開始した。チノちゃんは私だと思ったから。チノちゃんが好き…というか、チノちゃんに感情移入しすぎて、ココアさんが好きになった。マヤ・メグが好きになった。

 

 可愛いと言っている自分が可愛い、というのは、揶揄するときの言い方だけど、カワイイの真実だと思います。可愛いものに対して、うっとりしているとき、対象と自分との間の距離がなくなっている。一体化している。だから、あるものが可愛ければ、自分もそのものと一体になって可愛いのは、当然なのです。

 

 だから実際、可愛いと言っている自分が可愛いんです。可愛いものを見て可愛いなあ、と思えば思うほど、自分が可愛く思えてくる。そして、自分をもっと可愛くしてあげなければ、自分がかわいそう、という気がしてくる。可愛い自分を、もっと可愛くしちゃおう、という気になるのです。