miusow’s diary / ロマン主義アニメ研究会

アニメに関する考察・・・というより、アニメ等を契機に私が思考した事柄を中心に、私の個人的な雑記等も書き記しております。

抑制と緊張:佐々木千枝ちゃんの見守り方

 「シンデレラガールズ」には、素敵なお子様アイドルがたくさんいらっしゃるのだけれども、その理由というか、なるほど、この作品と「ちびっ子愛好の精神」とはよくマッチするのだな、と思ったので、少し記してみたいと思う。

 

◆恋愛禁止なアイドルのプロデューサー

恋愛禁止、という決まりは、やっぱりこのアイドルの世界でもあるようだ。

 アイドルも一人の人間として、それについて何も思わないわけでないけれども、それでもなお、アイドルの仕事の方をあえて選んでいるのだ、というような意志が、例えばきらりんの言葉から読み取れる。

「アイドルは、普通の女の子が出来ないこと いっぱいできるけど……。普通の女の子にできて、アイドルにできないこともあるよね。

/それは……恋。でも、きらりんはアイドルになったから、大切に出逢えて、人を幸せにしたいって気持ち、いっぱい知ったんだぁ。

/だから、しばらくは、恋よりもお仕事!・・・」

f:id:miusow:20170617002815j:plain

(「[With Love]諸星きらり+」親愛度MAX演出)

 そして、その選択のために、Pちゃんよろしくね、ありがとう、というような言葉を述べてくれるのである。

「Pちゃんと出会って、・・・[中略、お仕事をする中で]・・・きらりん、どんどん可愛くなれてる気がするの。」

(「同上、諸星きらり」親愛度MAX演出)

 だから、当然ながら、Pちゃんもまた、きらりんと恋愛関係になってはならない。どんなに可愛くても、それは妄想の中だけに留めておかねばならない(あるいは、そんなPちゃんの眠れぬ夜の妄想を表現する同人誌の中だけに留めておかねばならない)。*1

 

シンデレラガールズにおける「抑制」の意義

 そしてこの特徴は、「ちびっ子」愛好の精神と、非常によくマッチする。

 シンデレラガールズの世界に足を踏み入れたとき、まさかこんなにたくさんの素敵なお子様アイドルがいらっしゃるとは、思いもしなかった。しかも、見た目は幼いがそれなりの年齢である、という安全性に配慮した設定なのかと思いきや、まったくの公式の設定においても、「9歳」となっていたりするのである。

これは(はっきり言えば)嬉しいけれども、しかしいいのか!?というような気にならなくもなかったが、よく考えたら、別にいいのだ。二次元だからいいのだ、ということのみならず、設定上も問題ない。というのも、Pちゃんはプロデューサーさんであって、あくまで一会社員として、業務に専念しているだけ、だからである。だいたい、もしからしたら、この会社の他の部門に行きたかったのに、アイドル部門なんていうところに回されてしまった、今はとりあえずこれを頑張るけど、いつかはあっちの部門に・・・なんて思っているかもしれない。とにかくお仕事なのだから、成績を上げるためにも、がんばって、幅広いアイドルをスカウトして、ファンを増やさないといけないのである。

ちびっ子アイドルのスカウト場面はよくネタになるけれども、あくまでも仕事だから、しょうがないんですよ。

f:id:miusow:20170617003110j:plain

 (龍崎薫(9)のスカウト場面。『デレステ』「アイドルコミュ」「龍崎薫とのメモリアル1」)

・・・というような、あくまでもお仕事なので、ましてや、そのお仕事で大事なアイドルと個人的な関係を持つなどということは決してあってはならないのであって、という、「抑制」された関係の持ち方。

 

アイドルたちは、「親愛度」をときどきストレートに伝えてくれることがあるけど、あくまでも「親愛」の印であって、「性愛」の表現ではないのです。

もちろん、うっかりしていると、親愛度の表現も、「え?どういうこと?それって・・・ああ、そういうことね、アイドルのお仕事頑張るってお話ね、そうだね・・・」と勘違いしそうになってぐらつきかけるけれども(もちろんそういうセリフが巧妙に練られているのだけれども)、あくまでも、お仕事、それを支えてくれるPへの感謝、なのです。

(男なら誰でも、いや女でも、そんな風にキラキラした目で言われると、そりゃ誤解しちゃうよ、しょうがないよ・・・というような「演出」が、よく練られているなあ、と思います。)

 

とはいえもちろん、これもPの誤解、勘違い、にまったくすぎないのかといえば、そうとも限らず、当然、アイドルの側も、このPとアイドルとの「適切な関係」を分かった上で、振舞っていると見ることもできるわけです。つまりアイドルも「親愛度」表現に乗せて、何かそれ以外のことを伝えようとしている、という可能性もあります。

 

でもそれは最後まで「可能性がある」というだけであって、はっきり言葉では表現されることがない。

この、Pとアイドルとの「抑制」が程よく効いた関係を楽しむ(そしてその抑制の裏にある妄想との緊張感を楽しむ)、そういうゲームなのであると、理解しています。

   

◆ちびっ子愛好の精神における「抑制」の意義

そしてこの抑制の効いた関係を楽しむというのは、まさに、(少なくとも私の)ちびっ子愛好の精神とマッチする。

 ちびっ子(キャラ)は、本当に可愛く、ナデナデしたい。けれども、嫌がるようなことはしたくない。可哀想な目にあって欲しくない。いつまでもそのキラキラとした瞳の輝きを失わずに、純粋な心を失わずにいてほしい。頑張ったら褒めてあげたい。一方的にお話ししてくれることがあったら、隣でじっくり聞いてあげたい。一緒に、よかったね〜すごいね〜と言ってあげたい。その子が疲れて眠くなってしまったり、お話しすることに飽きてしまうまで、そうしてあげたい。 

そして、それ以上のことは、したくない。美しいものを汚したくない。・・・と言っても、その割には、男の子よりも女の子(幼女[キャラ])に興味を持っているということからしても明らかなように(でも可愛い男の子だったらいいかも・・・ *2 )、やっぱりまったくそういう感情がないかといえば、おそらく心の底にはないとは言い切れない、というか、きっとあるのでしょう。 

だけれども、そういうものをあまり前面に出してしまうと、もうあの純粋な美しい完璧な世界が壊れてしまう。薄汚れたものになってしまう。そしてありきたりな、陳腐な、あの例の動物の次元のお話になってしまう。なんとくだらない。 

だいいち、我々に常に働いている規律訓練権力によって、それは罪悪感や嫌悪感すらも呼び起こしてしまうであろう(人によるが)。そうなるとやっぱり面白くないし、つまらない。不愉快である。 

だからこそ、ちびっ子愛好の精神には、抑制が必要なのです。抑制そのものを楽しんでいるとすら言える。

 

シンデレラガールズにおけるちびっ子:佐々木千枝ちゃんの見守り方

佐々木千枝ちゃんSSRを運良くお迎えして以来、ホーム画面でいつも癒されています。

f:id:miusow:20170617003556j:plain

自分のことを「ちえ」と言って、「ちえ、がんばります」なんてことを、あの頼りなさげな声で言うものだから、本当に心から応援したくなる。

「目立つのが苦手」で、自信がなかった千枝ちゃんが、素敵なステージ衣装を着て、輝いています。

大人に憧れていたちえちゃん、ちょっと大人っぽい衣装だな、と、恥ずかしいような喜んでいるようなことを言ったりもします。

 「お腹が出ている衣装だから、大人になった気分です」

(ホーム画面ボイス)

 

千枝ちゃんよかったね、これからも一緒に頑張ろうね、と、心から思えてきます。

 

そして、この気持ちは、実際、本当なのです。

 

でもそれ以上の気持ちがないかといえば、多分あるのです。だけれども、自分自身の意識の中ですらも、「たぶんあるのだろうな」という程度です。つまり、無意識、あるいは、うっすらとした意識の次元に、それは抑制しておきたい。

この「抑制」された状態で、緊張感を保ったまま、ちえちゃんを見守りたい。私にとってはこれが最も幸福な状態であって、それ以上でも、以下でも、その独特の甘い幸福感は、失われてしまうでしょう。

 

(ですから、同人誌をたしなむ際は慎重に選ばなければなりません。この緊張感を保ったまま、しかしもう一歩、いや半歩ほど踏み込んでいる、というぐらいの作品を、私はいつも探しています。)

 

 

 

◆(ついでに)ちょっと「ワガママ」になってみた千枝ちゃんについて

本来、あんまり目立つことが得意じゃないという千枝ちゃん。

それに、いつも真面目ないい子なのですが、少し真面目すぎるのかもしれません。

そういうこともあって、LIVEの前は緊張してしまいます(SSR特訓エピソード)。

そんな千枝ちゃんが、「千枝、精一杯頑張ります!」なんて言っているのを見ると、もう・・・。

 

そしてLIVE前日はこんな様子だった千枝ちゃんですが、実際にLIVEが終わると、

LIVE楽しかった、終わってしまうとちょっと寂しいような気がする、またLIVEがしたいな──というように言ってくれるのです(SSR特訓後親愛度MAX演出)。

「もっと、もっとって、ワガママになっちゃうのかもっ。」

ううっ(>_<) いいんだよ、君はむしろ、もっとワガママになっていいんだよ・・・。

今やこんなことを言ってくれて、しかも「ワガママ」なんていう言葉を素直に使っているのを見ると、なんだかホッとして、本当によかった…、としみじみ思います。

 

 

*1: 逆に言えば、そういう妄想の表現としての同人誌と、アイドルマスターの公式コンテンツとは、表裏一体の関係でもある。そういう妄想は、公式コンテンツに取り組む多数の人たちの動機の重要な部分を占めているであろう。

(もちろん、さまざまな人がさまざまな動機で、意識的・無意識的に、コンテンツに取り組んでいると思うので、一概には言えない。こういう妄想など微塵もなしで取り組んでいる人だっているだろう、それはもちろんありえることだ。

──Pちゃん不在のアイドルコンテンツたる『ラブライブ!』での例になるが、以前、ある「ラブライブ展」のような催しで、文字通りの幼女と母親がそこに来ているのを見たことがある。文字がようやく書けるかどうか、くらいの年齢の子であるが、その子が、来場者が自由に書き込んでいいノートに、「しょうらいみゅーずになれますように」と、大きな歪んだ文字で書いているのを見かけた。なるほど、「ぷりきゅあになれますように」というのと同じなわけである。──もちろん言うまでもなく、逆に、『プリキュア』にも大きなお友達がいて、しかもその大部分は、この子供とはかなり別の角度から楽しんでいるであろう。)

 

*2:CCさくら』の小狼くんは大好きでした。知世ちゃんに着目して見ていたのに、いつの間にか雪兎さん、小狼くんが気になってしまっていた。少女漫画なので、没入していけばいくほど、結局、男性キャラの方が魅力的に見えてくるのかもしれません。そういえば、『アイドルマスターSide M』というのはどういう感じなんだろう。