ロマン主義アニメ研究会

アニメに関する考察・・・というより、アニメ等を契機に私が思考した事柄、随想的なものを載せています。またここは評論・随想サークル「ロマン主義アニメ研究会」のHPでもあり、たまに告知等も載せます。

少女の魔法:まどか、詩人、功利主義者

「魔術的観念論 Idearismus 」を唱えた詩人は、12歳の純真な美少女に理想 Idea を見たのだった。

 

「魔法」は少女のものであり、また詩人もそれに近づくことが許されるが、決して市民のもの(成人男性的なもの)ではない。


◆「ほんとうの魔法」

まどマギ』においては、市民的・近代的合理性というようなものを打ち破り、覆すようなものとして「魔法」、特に「ほんとうの魔法」が登場していた。

インキュベーターは詩人ではなく、結局のところ魔法に近づくことができない。


功利主義者QB

キュウべぇの話に対して、「もっともだ」という人が、それなりにいるようである。
確かに、ある観点からすれば、「彼」の話は「もっともな話」である。

どのような観点かというと、
「宇宙規模における、(かなり単純な)功利主義の立場に立つならば」、
ということである。


ただ、この観点に立つことためは二重に考慮しなければならないことがある。

α)宇宙規模における(配分的)正義を、我々人間が考えることは必要か/可能か/適切か。
β)そもそも功利主義は、特にキュウべぇが持ち出すような最も単純なやり方でのそれは、道徳・正義の諸規則を考えるのに妥当な原理か。


キュウべぇ派に反論したい人たち(私がその一人)は、もうすでに前者(α)の視点を持ち出すだけでも、かなりそれを成し遂げることができるだろうと思われる。

とはいえ、こうした議論は、そもそも議論自体が成り立っている基礎が曖昧なところがあって、どのような「設定」までを議論の基盤に取り入れるかが問題になる。キュウべぇは人間ではないにせよ、「理性的存在者」なのではないか(キュウべぇによる解説から、そのように考えられなくもない)、だとすれば、理性的存在者に適用されるあらゆる道徳的諸規則は、同じく妥当するのではないか、等々といったところに入り込んでいってしまうかもしれない。

そこで後者(β)の論点を考えることになるが、これについては、もちろん倫理学・政治哲学において様々な議論があるけれども、大まかに言えば、功利主義が無効とまでは言わないまでも(それでも現代倫理学界においては少数派のようである)、ベンサム型の最もシンプルな功利主義については問題がある、というのが一般的な見方である。

そして私の見るところ、キュウべぇが持ち出す議論は、基本的にこの「シンプルな功利主義」である。

要するに、何人かの中学生くらいの女の子たちが犠牲になってでも、人類を含む宇宙全体のエネルギーを確保する「効用」の方が大きいから、前者の犠牲は正当である、という議論である。
(「過去と未来の全ての魔法少女達」の、さらに魔女の犠牲になる普通のひとたちの、不快・マイナスの効用は、それによって得られる宇宙に所属するその他の存在者たちの効用の大きさによって相殺される、という「効用原理」に則った単純な「快楽計算」である。・・・だがもちろん、キュウべぇが快楽計算を間違っているという可能性も十分考えられる。それにそもそも、宇宙全体という規模の場合、どのような存在者までを快楽の主体として考えるのだろう。──これは(α)の論点につながる。)


だが私がお話ししたいことは、実はこの問題そのものではなくて、以上のようなことからもよくわかる通り、キュウべぇが依拠しているもの、「彼」が具現化している価値観・世界観が何かということである。すなわち典型的に近代的・合理主義的なそれである。

私は意図的に「彼」と呼んだが、それは成人男性が範型になっている、むき出しの理性的(悟性的)存在者そのものだからである。

(『セーラームーン』の「ルナ」はメスのようであり、彼女を理性的に制止したりする別のオス猫が登場する。)


◆「魔術」=「因果律に対する反逆」

そして、物語が進むにつれ、こうした成人男性的なもの、合理的なものの冷たさに対して、少女による「魔法」「奇跡」、それも、ほんとうの魔法、ほんとうの奇跡というものが、力を得ることになる。

因果律に対する反逆だ」と、「その時」彼は言うが、まさに「魔法」とは「因果律」をも逸脱する「奇跡」である。

 

そもそも、「奇跡」とは、因果法則から逸脱することである。あらゆるものに原因がある、という原則からの逸脱であり、原因・結果の[機械論的]連鎖から離れて、原因なく起こるものが「奇跡」である。

・・・だから、魔法を売って歩いていた彼が「因果律」を大事にしているというのがそもそも不思議な話なのであるが、逆にこのことからよくわかる通り、彼が持ち出していたものは実は魔法ではない。

・・・というより、元々の魔法少女システムが、そもそも彼らのものではないのであり、最初から少女達の「ほんとうの魔法」を利用していただけ、なのであろう。)