miusow’s diary / ロマン主義アニメ研究会

アニメに関する考察・・・というより、アニメ等を契機に私が思考した事柄を中心に、私の個人的な雑記等も書き記しております。

放課後の部屋 :桜高新歓7感想

桜高新歓7の感想の続きです。
校舎(旧豊郷小学校)見学(校舎内をうろうろする)のことについて。
(なお、この行為は基本的にいつでもできますが、こういうイベントのときしか入れない場所もあります。逆に、ガイドツアーのようなものに申し込まなければいけない場所もあります。「屋上」は、いつか行きたい場所です。)


◆放課後の部屋

「部室」を含めて、校舎をうろうろして楽しむことができます。
この校舎は、現在でも自治体の事務所などの用途に使われているみたいですけれども、もう実際の「学校」としては使われていません。 
そういう意味で言うならば、まさにここは「放課後」であり続けている、と言うことができるでしょう。すなわち、課業が「終わった」後、課業から解放されてある状態のまま、ということです。
よく「時間が止まったような」という表現があるけれども、まさにそういう意味でも、ここはずっと「放課後」のまま時間が止まっているわけです。


◆「音楽室」体験

あずにゃんになって、音楽室でその「本物」のギターを持つ(持つだけです)ことができるとは、なんともいえない、感慨深い体験でした。
数年前ここを初めて訪れた時、まさか自分が将来このようなことをする・できるとは、思いもしなかったです。

もともと現実と空想の区別がつきにくい人間ですが(私はいつもぼんやりと、現実の面倒なことをなるべく避け、空想的に過ごそうとする傾向が強いですが ※*1 )、いっそう、そのあたりがよくわからなくなってくるような、不思議な体験で、独特の快感がありました。

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◆何度ここをツインテールが通過したのだろう

楽器が展示してあり、これを持ったりして写真を撮ったりなんかしたりできるんだろうか・・・(できれば、いや絶対、そうしたいなあ・・・)、と思って、思い切って係りの人に聞いてみたら、もちろんできるというようにあっさりと言われて、感激しました。 

そこの係りの方は、こういう楽器の扱いに慣れていらっしゃるようで、「それっぽく見える」指の形を伝授してもらったり、綺麗に写真を撮ってもらえて、大変感激しました。

ツインテールが引っかかるので、先にこれを通してください」と、非常に手慣れた指示をいただきながら、ぼんやりと、今まで何回、このストラップを「ツインテール」が通過したのだろう、そして今自分もそうしている、と感慨に浸りました。

おそらく今自分がここでしているようなことは、これまで何度も繰り返されてきていて、そうしているうちに、このギターは、本当に「あずにゃんのむったん」になっていくのであろうと思います。


この「放課後の部屋」では、元々の現実としての「放課後」に、あるとき突如飛来してきたファンタジーにおける「放課後」が重なり、このように蓄積されていくことで、それらの二重の印象は互いに区別がつきにくく溶け合っている。この「音楽室体験」の、現実と空想の境目が曖昧になるような不思議さは、このようなことからも説明することができるでしょう。

 

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◆空虚さを埋め合わせる

形のないものの空虚な中心に向かって、懸命に内実を与えていく作業というのが、こうしたコンテンツの界隈ではいつも行われていますが、これもまたその一つです。

これほど自分にとって大事なもの・生き生きとして見えるもの(キャラクター、コンテンツ、等)が、形がなく空虚であるなどということは受け入れがたいことであって、そんはなずはない、だから、この具体的な身体を備えた自分自身が、そこへと同一化していくことで、きちんと内実を充実させてしまわなければならない、という気持ちが働くのだと思います(コスプレという形、自分の財産を投入するという形、等)。

(この過程は、自分というものがキャラと同一化していって、消滅していくような過程でもあって、それは、日常の馬鹿げた欲望や薄汚れたことでいっぱいになっている自分にとって、浄化作用のようなものをもたらすのではないかと思います。しばしば宗教的な比喩、語彙が、ファン行動界隈で見られるのは、こうしたことによるところもあるのではないでしょうか。尊い、女神、天使、聖地、・・・。)

 

*1:だから、私は、自分で言うのもなんですが、どうでもいい仕事を効率よく処理する能力(というより、合格最低点を程よい時間をかけてギリギリ狙うような能力)は、けっこう高いと思います。それは、一刻も早くそれらから逃れたいからです。そして1秒でも多く、ぼんやりする時間が欲しいからです。