miusow’s diary / ロマン主義アニメ研究会

アニメに関する考察・・・というより、アニメ等を契機に私が思考した事柄を中心に、私の個人的な雑記等も書き記しております。

透明な関係(唯あずについて):桜高新歓7での体験から

時間が経ってしまいましたが、2017年5月の「桜高新入生歓迎会!!7じかんめ」の感想などを、書き記していこうと思います。

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◆特に、ギター演奏の様子

このイベントでは、同人誌即売会、校舎見学、コスプレ、など様々なことができるのですが、
なかでも、有志の方々による「演奏」を聴けるということが、大変よいです。演奏中は、あんなふうに連携して演奏しているのか、ということが、知ってはいても、実際に耳で聞いて、またはっきり目撃することができます。

 

もちろん全ての楽器、パートどうしが、密接に連携しなければならないのだろうとは思いますが、
やはり、私の嗜好によるものもあるかとは思いますけれども、
特に二人いらっしゃる「ギター」どうしが、演奏中に連携している感じというものには、どうしても(他の楽器よりも)特別なものを見出さざるをえないものでありました。

 

演奏していらっしゃった方にはなんとなく申し訳ないですが、
演奏の様子を拝見していて、演奏中の唯あずの秘密のやり取り、目と目で行われるようなそれ・・・というようなことが妄想されてしまいました。

 

◆言葉によらない関係

目と目で密やかに行われる連絡、それも音楽の演奏という特別な瞬間になされるもの(しかも衆目を浴びて)・・・というようなことには、何か非常に、ひとをうっとりとさせるものがあります。


普段人間は、言葉で会話をしなければならないわけですが──たとえ言葉が言葉として役立たないような場合でも、とにかく言葉を使わなければならないでしょう──、
言葉で言い表しえぬもの、言葉を媒介にしない直接的なつながりといったようなものが、例えば音楽の演奏という場面においては、現前しうるのではないか。

演奏中は、ドラムその他の大音量にかき消され(本当に大きな音でした)、言葉を使うことを禁じられ(だいたい、演奏中に会話していたらおかしい)、それにもかかわらず密接に連携することを強いられる。

 

「言葉によらない直接的なつながり」は、人々が日常系作品というファンタジーを好む理由の一つのではないかと私は思っていますが、
このように考えたとき、やはり「けいおん!には軽音が必要だ」ということになるのではないかと思います。


◆「あんまりうまくない」/透明さ

また付け加えるならば、あずにゃんにとって、唯先輩と出会ったことによって、彼女にとっての音楽の意味が変わった、あるいは新たな意味がつけ加わった、ということが言えるかと思いますが、そのことと関係があります。

練習をして技術を磨き、目標を達成する、というような音楽の側面(〜「上手い」演奏)だけではなく、言葉によらない透明な関係の獲得、というような意味。
 
例えば、アニメ1期最終話。ライブ直前の部室における二人のやりとりが思い出されます。
あずにゃんが、表面的に怒っていても、泣いていても、唯先輩には、彼女が何を言っているか、考えているか、(直感的・直観的に)わかっている。
そしてあずにゃんも、唯先輩がすっかりわかっている、ということを、わかっている。 
だから、「最低です」などという「言葉」を、何回も言えるのである。
(ここにあるのは言葉によらない関係であるから、言葉はその字義通りの役割を果たさない。)

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(1期最終話)

 

 
唯先輩自身が透明であり、また、梓も唯先輩の前では透明になる。そしてここで「透明な関係」が結ばれている。(唯先輩はもともと透明な存在であるが、梓もまた、そのような唯先輩の前で、唯先輩との関係において初めて、透明になることができる。) 

「あんまりうまくない」にもかかわらず、心惹かれる、とは、そういうことではないかと思います。