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miusow’s diary / ロマン主義アニメ研究会

アニメに関する考察・・・というより、アニメ等を契機に私が思考した事柄を中心に、私の個人的な雑記等も書き記しております。

けいおん!・日常系について考える文章を書きました@「桜高新歓7」新刊(2組14番)

けいおん!は優れた日常系作品である──「日常系」とは何かを考える」という文章を、『けいおん!再検証 Vol.2』という本(同人誌)に、載せてもらうことにしました。

 

【詳細】

三浦想「『けいおん!』は優れた日常系である──「日常系」とは何かを考える」

in: アニメ熟考委員会『けいおん!再検証 Vol.2』(http://jukkouiin.hateblo.jp/

けいおん!聖地オンリーイベント 桜高新入生歓迎会!!7じかんめ、2組14番

2017年5月4日(木・祝)、豊郷小学校旧校舎群

 

その文章の内容としては、

 

・「日常系」とは何か──『けいおん!』と、その他のきらら系諸作品(ごちうさ、ひだまり、ゆゆ式幸腹グラフィティ、・・・等)とから考える

・音楽、部活動の位置付け──『ラブライブ!』との比較、「ただの思い出」

 

というようなものになっており、

日常系作品の本質を、何を描いているかということよりも、その価値観という観点から理解しようと試みています。

 

  

◆内容、趣旨について

けいおん!』の同人誌ではありますが、実際のところ、私の文章は、『けいおん!』よりも、『けいおん!』以外の作品への言及のほうが明らかに長くなってしまいました。

 

ですから、『けいおん!』好きの方にしてみれば、『けいおん!』以外の話が長いな、と思うかもしれませんが、それ以外の作品との比較ということで受け取ってもらえればと思います。

 

また逆に、『けいおん!』についてはそれほど興味はないよ、というような方でも、日常系作品全般に興味がおありの方には、それなりに読むところがあるかもしれません。

 

特に、『けいおん!』をはじめとするいわゆる「日常系」作品を、素直に没入して楽しむことをせず、日常系作品ってなんなんだろう、どうして自分はこれにこんなに惹かれるんだろう、なんていうことを、「考え」てしまうような人(私がそうです)には、何かの参考になるのではないかと思います。

 

 

◆(付言)日常系を「考える」ということの奇妙さ

──ただ、一方で、「考える」という仕方は、本来、娯楽作品、特に日常系作品の受容の仕方として、あんまり相応しくないのかもしれない、とも思います。無反省に没入する方がよいのではないかと思います。「本質」について考えたり、それを筋道立てて人に伝えたり、といった活動が、そもそも余計なもので、純粋な感動、感性における受容を、曇らせるものなのではないか、という気がしています。だから、私(たち)のような、こういう受け取り方があんまり好きではないとか、合わないと思う人は多いでしょうし、真っ当であろうと思います。

 

しかしながらそのような「考える」やり方で受容することを、止めようにも止められない人も(私も含め)いるのではないかと思います(別に無理に止める必要もないとは思いますが)。そしてそのような人にとっては、少し参考になるのではないか、と思います。

 

だからついでに言えば、日常系を好きな人は何も考えていない、とかっていう批判は、的外れというか、逆に的に当たりすぎていて批判になっていないというか、そういうことだろうと思うわけです。というのも、人間というのは、四六時中考え事をしていなければならない、などということはないでしょう。仕事のとき、人生の決断のとき(あるいは「間違えずに電車に乗る」なんていうときも)などには、「考え」なければならないでしょうけれども、人間には、思考能力以外の精神的能力、性質も備わっています(感性、美的判断力など)。そして、そちらにも栄養を与えてあげる必要があるわけで、娯楽作品というのは、そういうものではないかと思います。

 

 

◆経緯など

 

話が逸れましたので、元に戻します。

 

さきほど『けいおん!』だけに関心があるわけではない方にも参考になるかもしれない、と申しましたが、考えてみれば、「桜高新歓7じかんめ」ですので、『けいおん!』に関心のない方はいらっしゃらないところだろうとは思います。

 

こちらのサークルさんの前回のけいおん!の本を、私はまったく偶然に手にしたのですが、そこで「けいおん!は日常系なのか否か」といったようなことが論じられていました。

 

そうした議論のなかで、気になることがありました。

それは、「〇〇は単なる日常系ではない」というような言い方によって、『けいおん!』やその他の日常系作品を評価することがときどきある、ということです。これの何が気になるかといえば、単なる日常系では何かいけないのか、そもそも単なる日常系とは何なのか、ということです。

 

そこで私もこの機会に、けいおん、日常系、というテーマで考えをまとめたいと思い、サークルの方に連絡したのでした。

 

なお、私は基本的に『けいおん!』や日常系作品のファンであり、この作品ジャンルについて根本的に批判的なことは書いていません。それは客観的な評論の態度を欠いていると思われるかもしれませんが、それは全くその通りです。それゆえ私の文章は「評論」と名乗るのも少し違うのではないかと思います。ファンによる随想のようなものと言うべきかもしれません(※注)。──先ほども述べたように、こういう仕方での作品の受容もあるのだという程度に受け取っていただければ、と思います。あるいは、私と同じような仕方で受容している方もある程度いるのではないかと思うので、そういう方は楽しめるのではないかと思っております。

 

(※注 通常は二次創作などで表現するようなことを、文章で説明してしまっている、と思っていただいてもいいと思います。)

 

(・・・ですので、本自体は「評論」ジャンルになると思いますが、私の文章は評論と呼べるようなものではなく、単なる随想のようなものです、ということです。)