miusow’s diary / ロマン主義アニメ研究会

アニメに関する考察・・・というより、アニメ等を契機に私が思考した事柄を中心に、私の個人的な雑記等も書き記しております。

「チマメ隊」とは何かを考える。「チノ・マヤ・メグ」との違い:ごちうさ・チマメ隊AL『chimame march』感想(2)

チマメ隊アルバム『chimame march』収録の、デュエット曲について。

従来は「チマメ曲」か、「単独曲」か、しかなかったところに、「チマメ内でのデュエット」という新たな試みがなされている。 チマメ隊というものを考える上で、新たな視点を与えてくれている。

 

まずは、 「リトル*トレジャー*ハント」(マヤメグ曲)について。

マヤメグ曲というものは、もちろん初めてであるし、そもそも、マヤメグという関係がクローズアップされる機会自体が珍しい。

 

実はマヤメグは幼馴染だから、チマメより、マメの歴史は長い。

多分、その頃の話を描いているのではないかと思われる。マヤメグで遊びに出かけるような場面から始まる。「今すぐ出発だ」。

 

ただ、最初の方の「何か忘れた気がする」というマヤ歌唱部分の歌詞は、チノを暗示させなくもない。

だから、チノと出会う前というよりも、厳密に言えば、「チノは喫茶店の仕事があるだろうから、誘うのをやめよう」というように遠慮していたい頃の、マメかもしれない。

 

宝物が「まだまだ増えてくよ」というところに、チノを迎え入れる余地、

さらに、ココアさん到来以降、チノを通じて広がる人間関係の輪というものを、予感させるものになっている。

 

チマメ隊」の命名者はリゼであり、リゼによって命名されるということ自体が、人間関係の輪の広がりを前提としている。

要するに、単なる「チノ・マヤ・メグの関係」と、「チマメ隊」とは、実際には大きく異なる概念である。前者(例えば上述のような「遠慮」のあった3人)と違い、後者にはリゼ、そしてリゼ以外のあらゆる人間関係が、前提として含まれている。

そしてさらにその根底には、ココアの到来というものがある(マメを家に泊めるなんてことが「うまくできるかな」などと考えていた頃のチノを想起せよ)。

──ごちうさの重要な人間関係の根底には、たいてい、ココアの影がある。魔法少女・サンタクロースとしてのココア。(その意味で、このアルバムでも、チノ曲はもちろん、あらゆる曲の根底に、ココアの気配がある。・・・『お風呂セット』(C89)のドラマCDも、モカ・チノ会話しかないにもかかわらず、ココアさんが「登場」していた。)

 

いずれれにしても、「3人」が、「チマメ隊」になるには、その3人以外の人間関係が必要なのである。「チマメ隊」には、すでに、ごちうさのあらゆる重要な人間関係が組み込まれている。 

 

・・・このように、「チマメ隊」とは何か、ということを考えさせられる曲。

(そしてココアさんとは、ということについても。)