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miusow’s diary / ロマン主義アニメ研究会

アニメに関する考察・・・というより、アニメ等を契機に私が思考した事柄を中心に、私の個人的な雑記等も書き記しております。

C91ごちうさ同人感想(1)全年齢

  このたび心に残った作品を、ほんの一例ですが、以下に列挙します。(基本的にココチノ、チマメばかりです。)

  

■さくらパレット『夢でもいっしょ!』

 

 キャンプでのココアさんの写真を見るチノちゃん。「キャンプ楽しかったな〜」とあり、そうです、チノちゃんは独り言の時は、だいたい丁寧語じゃないのです。細かいです。

 

 中盤、チノちゃんは、「ココアさんの夢なんか見たくないです」とツンと言ってしまう。そしたらココアさんは、意外と「そうだよね、勘違いだよね・・・」と言う。──確かに、ココアさんは、元気全開、打たれ強い人かと思えば、そうでもない。ココアさんはココアさんで、チノちゃんにどう思われているかな、と、実はいつも気にしている。ココチノ喧嘩シーンを思い出します。ココアさんは、時々、拗ねたりするのです。

 

 で、立ち去ろうとするココアさんを、後ろからギュッとつかんで、抱きつくチノちゃん。・・・これがもう、たまらない。この方の作品では、チノちゃんがココアさんの服の裾をギュッとつかむという場面が多いように思うが、それが良い。ココアさんの裾をギュッとつかむチノちゃん。きゃわわわわ・・・・キュンキュン。

 

 

 

■まっさら『ぷれみあむココアデイズ』

 

 すごく良い話でした。ココアさんが小さくなって、チノちゃんがお姉さんになってみる、というような話。ミニココア(幼少期ココアちゃん)が、ラビットハウスに来たらどうなるか、という設定。

 とにかく、ミニココアがかわいい。それから、お姉ちゃんをしているチノちゃんが新鮮でかわいい。

 

 また、イラスト集『KAWAUSA!!』も、表紙のチマメがかわいかったです。ポポロンパーカー。その他、全部かわいい。チノちゃんの表情が良い。

 

 

■EARTH RISER(あーすらいざー)『きんいろトロイメライ

 この方の作品は、ごちうさへの愛を感じる。本編にあってもおかしくない話が多い。

 

 

■きよシコの夜『ご注文はぱっつんですか?』

 かわいい。ぱっつんチノちゃんもかわいいけど、前髪をちょこんと結んだチノちゃんが本当にかわいい。おでこ。かわいい。

 後半は、童話をテーマにしたごちうさキャラのイラスト集。赤ずきんで、マヤが赤ずきん、メグが狼になっているところが良いですね。

 

 

 

■Fluffy×Fluffy『Fluffy×Fluffy vol.5』

 イラスト集。チマメがとにかく可愛い。

 メグ誕生日用のメグメグ丸が、かわいすぎる。

 ブランケット用のココチノ絵もいい。

 

 

■@ism『petit-lapin

 イラスト集。チマメ愛がある。表紙で、チマメ三人が魔法少女化。

 フルール衣装のメグが素晴らしい。本編でも、私は大喜びで見ておりました。よすぎる。

 コメントにもあるように、バレエ衣装チマメもよすぎますね。

 

 

■こねこぼたん『箱の中の子猫は』

 

 チノちゃんが、ココアさんに、嫌われているのではないか、と、いろいろ暗く考えているところへ、ココアさんがやってきて・・・というところは私の『ごちうさ』観と合致し、共感できた。

 

 ただ、この方の作品の傾向でもあるが、チノちゃんが、ココアさんの匂いハアハアというところからスタートする。確かに本編でも「安心する匂い、まだかな・・・」と言ったり、「匂い」的な要素はあります。だけれども・・・。

 

 とはいえ、前作『シュレディンガーのココアさん』の不安な終わり方に対して、続編であるこの作品では、読者としては安心できたのでよかったと思えた。ただ、千夜シャロが今度は心配になる。どこか不安定さを残す傾向がある、この方の作品は。

 

 確かに、『ごちうさ』においては一般に、優しく可愛い世界が強調されるために、不思議さ、不安、といったような側面は見過ごされがちであるけれども、じっさいには、間違いなく後者が常に根底にある。そういう側面が描かれているとは言える。

 

 

 

■みずいろチュートリアル『Marry Me?』

 ココチノ結婚ものは意外と、あまりないのではないか。

 

 

 

C91ごちうさ同人感想(0)完全に個人的なまとめ

  今回、少し欲張りすぎて買いすぎたので、なかなか読みきれなかったのですが、ようやく全部読めたので、個人的にまとめておきたいと思います。(基本的にココチノ、チマメばかりです。)

 

 まずは、全体的な感想。ごちうさ二次創作同人に私が求めるものについての(完全に個人的な)まとめです。

 

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■キスが見たい

 

 いろいろ見ていて気づいたが、結局、自分がごちうさ二次創作同人に求めているのは、キスだったのだろう。「キス」。キスくらいは、しているんじゃないか、していてほしい、という妄想に対応してくれるものを、好んで読んでいることに気がついた。

 (でも、決して、決して、本編では、映っているところでは、しないでほしい。せいぜい「おでこにキス」(cf. TP2016)くらいにしてほしい。むしろそれはしてほしい。)

 

 で、それ以上となると、ちょっと引いてしまうというか、自分の中で、途中から、『ごちうさ』とは関係のない別の、通常のエロい漫画、という感じで読んでいることに気がつく。名前がたまたまリゼとかマヤとか同じで、外見が似ているキャラが出てくる、というような。(それはそれで、独立したものとして楽しめるものもたくさんあります。)

 

(・・・と基本的には思っていますが、「あめうさぎ」さんの18禁本は、こういう自分の考えの例外となるものです。この違いはなんなのだろう。)

 

 

■結婚も見たい

 

 あとは、結婚とか婚約が見たい。

 

 今回、少数、見かけました。ココチノ、マヤメグ、など(ココチノ、チマメ関係の本しか探求していないので、ほかの子たちの組み合わせだと、あるのかもしれないです)。

 

 「キス以上は〜」とか言っているのになんですが、生々しい関係というよりも、「ケッコン」という抽象的な(子供どうしがよくわからずぼんやりと約束するような感じの)関係ならば、読みたいですね。まさに二次創作ならではのものとして。

 

 あんまり、ごちうさ二次創作で「ケッコン」はない気がする。見てみたい。(まどほむがケッコンする二次創作は好きでした。)・・・ない理由はもちろんあるのだろうけど、でも案外、空想的・抽象的な意味での「ケッコン」は、ごちうさ二次創作としては、なかなか良いのでは、と思います。

 

 

 

■二次創作を読んで気づかされること

 

 二次創作を読んでいると、『ごちうさ』には、そうだよね、こういう側面もあったね、というようなことに気がつく。目立つ方とは逆の、「もう一つの側面」というか。

 

例:

 

・ココチノ関係:チノちゃんが振り回されている、だけじゃなくて、逆にココアさんも振り回されている部分もある、とか。

 

・優しく安心できる側面、だけじゃなくて、不安・不思議・奇妙な側面もある。(そもそも、いつもチノちゃんの頭の上には「不思議」が乗っかっている。あの「不思議」は、なんというかカワイイのでごまかされているが、よく考えたら、「不安」ですらある。)

 

 

 

■(付記)ココチノ本におけるリゼの役割

 

 ココチノいちゃいちゃ系の同人誌でのリゼの役割はたいてい、最後の方のコマで、「あいつら遅いけど、なにやってるんだ・・・」とつぶやくとか、「二人とも、どうかしたのか?」と尋ねるとか。

 

 『ごちうさ』本編の世界から離れて二次創作的空間に迷い込んだあと、再び本編的世界へと戻ってきたことを読者に実感させる。これにより、先ほどまでの二次創作的世界の過激さとのギャップが強調され、余計に興奮する。(例えば社内恋愛を隠しているときの、平日日中オフィスにおける興奮に近いかもしれない。)

 

 

チマメ隊が「示す」世界:ごちうさ・チマメ隊AL『chimame march』感想(3)「みえるよみえる」

 『chimame march』収録のチノ・メグ曲、「みえるよ みえる」。

 

みえないものが みえるよみえる

急いでいたら知らない世界 おとなの落とし物なのかもね

みえてるものは ちがってみえる

雲のかたちがゆっくり変わり 美味しそう

あれは…クロワッサン!

 

自然と涙が出てきそうに、静かな感動を呼ぶ曲だった。

 

この子達の新鮮な、世界を見る目。

 

「スニーキングストーキングストーカーストーリー」(原作第3巻p.67以下、アニメ2期第8羽後半)を思い出す。この二人の、ゆっくりゆっくり進む、木組みの町の探検の風景が浮かぶ。

 

「ときめきポポロン」もそうだけど、

この子達の新鮮な世界を見る目、というのが、ものすごく感動を呼ぶ。

 

日常系は世界を描かない、世界系との対比にある、狭い世界だけを描いている。

こんな風に言われる。

 

しかし、世界とはなんだろう。「私は私の世界である」(『論理哲学論考』5.63)。

 

大風呂敷を広げず、小さな目の前の出来事を丁寧に描くことによって、むしろ日常系は、丁寧に「世界」を描いているのではないだろうか。

 

それは例えば、このチノ・メグたちの視点が描く世界である。

 

「とりの羽」が、「空からのお手紙」。

「雲」は「クロワッサン」。

 

こんな話は、我々も、子供の頃は、よくしていたのではないであろうか。

 

「世界」とは、その全体を描くことはできない。なぜなら世界は全てだから。世界を、世界として見たことのある人はいないはずである(「みえないもの」)。

従って「世界」とは、「語る」ことはできず、「示される」だけである。

 

「これをそれとしてみる」という「言語ゲーム」を、「子ども」はする。

 

一つの「箱」を持ってきて、それを「家」としてみる、というゲームを、例えばする。

子供だけでなく、「おとな」でも、ただの「箱」を指し、

「特別の表情をして『今それは家である!』と叫ぶ人──その人は、アスペクトひらめきに表現を与えているのであろう」(『哲学探求』II, xi)。

 

この、「アスペクトの変移」の瞬間にこそ、世界は「示される」のではないだろうか。

 

アスペクト盲」の人には、「これをそれとしてみる」という言語ゲームができない。

チマメ隊には、それができる。

 

 

 

「チマメ隊」とは何かを考える。「チノ・マヤ・メグ」との違い:ごちうさ・チマメ隊AL『chimame march』感想(2)

チマメ隊アルバム『chimame march』収録の、デュエット曲について。

従来は「チマメ曲」か、「単独曲」か、しかなかったところに、「チマメ内でのデュエット」という新たな試みがなされている。 チマメ隊というものを考える上で、新たな視点を与えてくれている。

 

まずは、 「リトル*トレジャー*ハント」(マヤメグ曲)について。

マヤメグ曲というものは、もちろん初めてであるし、そもそも、マヤメグという関係がクローズアップされる機会自体が珍しい。

 

実はマヤメグは幼馴染だから、チマメより、マメの歴史は長い。

多分、その頃の話を描いているのではないかと思われる。マヤメグで遊びに出かけるような場面から始まる。「今すぐ出発だ」。

 

ただ、最初の方の「何か忘れた気がする」というマヤ歌唱部分の歌詞は、チノを暗示させなくもない。

だから、チノと出会う前というよりも、厳密に言えば、「チノは喫茶店の仕事があるだろうから、誘うのをやめよう」というように遠慮していたい頃の、マメかもしれない。

 

宝物が「まだまだ増えてくよ」というところに、チノを迎え入れる余地、

さらに、ココアさん到来以降、チノを通じて広がる人間関係の輪というものを、予感させるものになっている。

 

チマメ隊」の命名者はリゼであり、リゼによって命名されるということ自体が、人間関係の輪の広がりを前提としている。

要するに、単なる「チノ・マヤ・メグの関係」と、「チマメ隊」とは、実際には大きく異なる概念である。前者(例えば上述のような「遠慮」のあった3人)と違い、後者にはリゼ、そしてリゼ以外のあらゆる人間関係が、前提として含まれている。

そしてさらにその根底には、ココアの到来というものがある(マメを家に泊めるなんてことが「うまくできるかな」などと考えていた頃のチノを想起せよ)。

──ごちうさの重要な人間関係の根底には、たいてい、ココアの影がある。魔法少女・サンタクロースとしてのココア。(その意味で、このアルバムでも、チノ曲はもちろん、あらゆる曲の根底に、ココアの気配がある。・・・『お風呂セット』(C89)のドラマCDも、モカ・チノ会話しかないにもかかわらず、ココアさんが「登場」していた。)

 

いずれれにしても、「3人」が、「チマメ隊」になるには、その3人以外の人間関係が必要なのである。「チマメ隊」には、すでに、ごちうさのあらゆる重要な人間関係が組み込まれている。 

 

・・・このように、「チマメ隊」とは何か、ということを考えさせられる曲。

(そしてココアさんとは、ということについても。)

 

 

チマメマーチ:ごちうさ・チマメ隊AL『chimame march』感想(1)

チマメ隊アルバム『chimame march』。

これもようやく、じっくり歌詞カード見ながら聴く、ということができました。

 

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◆装丁

まずKoi先生描き下ろし紙ケース、そして、同じ絵柄の一部店舗の特典でもらえるポスター。これが素晴らしい。Koi先生原作カラー絵は非常に繊細なので、ポスター大くらいに引き伸ばして鑑賞してちょうどいいくらいです。

 

その他、歌詞カード、ケース内側の印刷なども、あちらこちらが可愛く、凝って作られています。

 

歌詞カード内には、グッズ等いろんな機会に描き下ろされてきたチマメ絵が、各ページにある。

チマメ隊と一緒に、思い出を振り返るような感じがします。

まさにチマメ隊の「アルバム」という感じ。だけれども、「マーチ」というところに、単に振り返るだけではない、未来を感じさせるものがあります。

 

CDを取り外したところには、例の『ときめきポポロン』の「ハートもふもふ~」のシーンの3人が。かわいすぎる・・・。

特に、このときのこの眠たそうなチノちゃんの表情が、私は好きすぎます。

 

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 ◆重要な点

 チノちゃん曲については、とにかく大好きなチノちゃんの曲が増えて嬉しい、ということに尽きます。

 

しかしこのアルバムで、やはり今回特に注目するべきは、

(1)マヤ、メグの曲がさらに増えたこと、それから、

(2)従来は「チマメ曲」か、単独曲」か、しかなかったところに、「チマメ内でのデュエット」という全く新たな試みがなされている、ということ。

 

 特に、(2)後者の点については、チマメ隊というものを考える上で、新たな視点を与えてくれている。

 またこのこととも関連して、(1)前者の単独曲、特にこの『chimame march』収録の単独曲は、従来のものに比して、「一人が他の二人の不在において何を思うか」ということに力点が置かれている。単独曲といえども、あくまでも「チマメ隊」というものが前提になっている。

 

 

◆(1)マヤメグ単独曲

・メグ曲「すいーと・すきっぷ・すてっぷ」

 最近充実してきた、メグ曲。

 心が洗われます。

 

・マヤ曲「プレゼントレジャー♥」

 これは不思議な曲ですね。

 

「冷たい海の底 あったかい気持ち

/帰ったらすぐ会いに行かなきゃ」

 

マヤの、一人でできる、という冒険心と、

それでもやっぱり、みんなと一緒が楽しい、という気持ちとの、揺れ動きを描いているのだろうか。

 

「「ただいま」は内緒」 という歌詞の意味。

 夢の中ではちょっと一人で出かけていたが、これから3人で、実際に出かけるところで歌が終わっている。

 

 

◆(2)デュエット曲

 チマメのうちの二人だけで歌う、というのは初の試みではないでしょうか。

 

これらについては別途記します。

・「リトル*トレジャー*ハント」

・「みえるよみえる」

 

 

◆「Daydream café ~チマメ隊Ver.~」

これは既に『ごちうさDJブレンド』に収録されていたものでしょう。

とはいえ確かに、このアルバムには収録しないわけにはいかないでしょう。それに、ここまでの流れの中で聞くと、また違って聴けますね。

 

やっぱり、本当にいい曲です。しみじみと。

 

1期BD特典で各キャラバージョンがありますけど、セリフ調の部分も多いせいか、本当に、各キャラの個性がとてもよく反映される曲です。

 

「Daydream café」の持つ勢いみたいなものに、チマメの3人が微妙に追いつききれてない感じが可愛いですね。なるべく歌詞を間違えないように、元気に歌おうと頑張っている様子が思い浮かびます。

 

このアルバムの順番どおり聞いてくると、キャラソンは、それぞれの心の中のつぶやきのようなもので、割とナチュラルですが、それとは違ってこれは「お姉ちゃん」たちと共通の曲を歌っているわけで、その違いが楽しめます。 

天上のパン職人ココア:ごちうさ『Rabbit House Tea Party 2016』(BD)感想(3)終幕部分

 『Rabbit House Tea Party 2016』(BD)、 キャスト退場後の、ココチノ会話音声より。

 

チノ「またラビットハウスに遊びに来てくださいね」 

 

会場のお客さんたちが映る。

 

行くよー、という声が入る。

 

 

どうやって行けばいいんだろう。と、とっさに思ったが、

そうなのだ、ラビットハウスは、みんなの心の中にあるんだなあ。

 

そんな、あるはずもない喫茶店のことを、みんな心の中に思っているなんて、それも、いい大人たちが・・・、というような考えが一瞬よぎるが、

しかし、そうは言ってももう、我々は、引き返せない所まで来ている。ラビットハウスがどこにもないなんていうことは、信じられない、もう大切な場所になってしまっている。

 

ばかばかしいけど、なんと素敵なことだろうというように、やっぱり思った。

必死で声援を送り、サイリウムを振るお客さんたちが写っていたけれども、

さらにその映像を家で見ている自分も含めて、

ばかばかしいけど、やっぱり本当に素敵なことだ、と思う。

 

この作品に出会えてよかったなあ。

そうでなければ、こんな気持ちになることはなかった。

 

 

 ◆

「ラビットハウス」っていうのが、もう、心の聖地というかなんというか、合言葉のように、みんなの心の中にある、拠り所になっている。「約束の場所」になっている。

 

きっとどこかにあるから、それを信じて、生きていこう。

 

ーー「またくるから」といって、去っていった男の、その言葉を信じて2千年も経っているのが、キリスト教だ、という言い方を聞いたことがあるが、

 

我々は2千年も待たなくてもいい、来年春まで、待てばいい。そしたらまた、みんなに会えるわけだから。(というか、『きららMAX』を読めばいい。)

 

 

聖書を開くのと同じように、コミックスを開こう。(画集を開こう。BDを再生しよう。)

 

ミサに参加するように、このイベントBDを、繰り返し見よう、一緒に歌おう。(キャラソンCDを聞こう。)

 

人はパンのみによって生きるにあらず、魂の救済が必要だ。

 

 

ごちうさには、本当に、神々しさ、神聖さを感じる。

 

これは人によるんだろうけれども、私の場合、本当にごちうさに関しては、「聖」なるものを感じる。単なる「対象」として見ることができない。これは全く人によるので、それぞれの楽しみ方を否定しないけれども、私に関しては、本当にそう。

(欲求の主体としての自分を維持したまま、「対象」として見るというだけでなく、そのような主体としての自分が無に近づいていき、彼女たち(チノちゃんたち)に同化していく側面がある。)

ちなみに私は、ふだんは市民社会的主体として、欲にまみれた非常に下品な人間です。こんな下品な人間ですら、この作品に触れていると、そのような自分が馬鹿げて見えてくる。

 

 

パンのみによって生きるにあらず、世俗的な欲望などが、どうでもよくなってくる。

 

ココアはパン職人だが、それは、地上のパンではなく、天上のパンを作っているのだ。そうに違いない。なるほど。これはよくできた比喩なのだ。

 

まさに、生きる糧。そういえば、「生きる糧にして」、というようなことを、いのりさんは言っていたな、挨拶で。

 

それは、地上のパンだけでは生きられない人間にとっての、天上のパンという意味だろう。

 

 

つまり、チノちゃんにとって、ココアさんは、福音をもたらしてくれた。救世主なのである。

 

「チノちゃんがこんなに積極的になって嬉しいよ」ーーこれは、最後の会話でのココアさんのセリフ。

 

ココアさんのパンは、パン以上のものである。

 

辛いことがあったら、このBDを、特に「ときめきポポロン」を、また見るんだ、と心に決めた。忘れないように、メモしておこう。

 

 

◆(付記)「見上げる」スタイル

 

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図らずも、「メグマガジン」と、チノちゃんポスター(さらにゆゆ式ポスター)狙いで、『メガミマガジン』(2017.1月号)を買ったが、そこでの特集「萌えアニメの歴史」のような冊子をパラパラ見ていて、書いてあったことを思い出した。

 

ある時期から、男性主人公が登場するハーレム的なアニメから、女の子しか登場しない「見守るスタイルへの変化」というようなことが書いてあった。

 

ごちうさ』に関して、いまや、

「見守る」スタイル、さらに、「見上げる」スタイルになっていっている。

 

自分というものが、限りなく消えていく。無私。

 

この「無私」というスタイルが、癒しになる。

 

市民社会的な主体、世俗的欲求にまみれた日々の自分が、浄化されていく。それらは、他人よりも自分を苦しめるのだ。

 

 

こういった意味でも、まさに「聖」である。

 

一種の宗教的実践としての『ごちうさ』。

 

つらいことがあったらこれを何度も観るんだ:ごちうさ『Rabbit House Tea Party 2016』(BD)感想(2)ライブパート

  『Rabbit House Tea Party 2016』(BD)の感想の続き。 

 

ライブパート以下。

ライブ〜特にときめきポポロン、そして挨拶、「本日は誠にラリルレイン」、退場、そしてココチノ会話音声。このあたり最後の方は、ずっと感涙にむせびながら観ていました。

 

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◆ライブパート

 これは繰り返し、何回も見なければ、という気になりました。

 

とりあえず、まずは3回見ました。

立って、しっかりと公式光る棒をふって。落選したにもかかわらず、家で見るために入手して待っていました。・・・最後の「ラリルレイン」のときの一体感のためにも、やっぱり買っておいてよかった。

次に、座ってじっくりと。

その次に、後ろの映像とのリンクなど、全体を。

 

それから今後も、生きていく上で何回も見なければ、という気になりました。

特に私は、やっぱり「ときめきポポロン」。辛いときにはこれを見るんだ。決めたんだ。

 

 

◆ぷちラビ「ノーポイッ!

振り付け覚えたい!たまらない!

 

振り付けは、これが多分、初映像化じゃないでしょうか。

 

コミケ芳文社ブースで「Daydream café」が流れると、ブース前にいた人たち何人かが、小さく踊り出していたのを思い出します。あくまでも小さく、でしたが、もう体に染みついているわけです。「こころぴょんぴょんまち」のぴょんぴょんの動きとか、確かに自分を抑えきれない気持ちはわかります。私もシングル特典のPVを何度も見ました。だいたい踊れます。

 

ノーポイッ!」も体に染みつくほど練習しなきゃなあ。

 

 

◆チノ曲「出かけましょうと答えましょう」

(『cup of chino』収録。前年のチノバースデーパーティで披露。)

 

本当に可愛い。言うまでもないことですが。後ろの映像のチノちゃんと完全にリンクしている。

チノちゃんがいるんじゃないかと思った。いや、いたんですね。

 

 

◆マヤ曲「ナマイキTiny Heart」

(『ぴょん'sぷりんぷるん』 収録)

 

振り付け、足のダンス。すごく、動きがマヤっぽい。

マヤだ!マヤがいる!

 

 

◆メグ曲「ナイショのはなしは夢の中で」

(『ぴょん'sぷりんぷるん』 収録)

 

メグメグ、めぐ~~~!

メグのおっとりした曲。

 

この曲大好きです。癒される。

後ろの映像で、メグがくるくる回ってる~~あ~~~かわいい~~~

 

最後は、

メグえらいよ、最後までちゃんと歌えたね、えらいよ~~~、という気持ちになった。

 

 

◆ココア・リゼ曲「Rabbit Hole」

(1期キャラソンシリーズ『2』収録)

 

しみじみ思うけど、本当に、ラビットハウスの制服って可愛いよなあ。

本当に可愛い。

長いスカートがひらひらする。素敵でした。

 

 

◆「やきもち風味のカモミール

(2期BD4巻特典『録り下ろし新曲CD』収録)

 

「くせっ毛のご機嫌はいかが?/うねり注意報・・・」

という、冒頭。

 

ああ、このところで、じんわりと泣けてきた。

 

千夜シャロってのは、いいなあ。しっとりとした良さがある。

 

この歌の、この出だしいいですね。

まず毎朝の、二人の普通の会話であって、

でも、「癖っ毛」というところに、もう、いろんなことが込められていて。

 

こういうことですよね。『ごちうさ』は。

「日常」のさりげないことの中に、特別なもの(気持ち、関係など)が込められている。

 

くっついたり、少し離れたりを繰り返しながら。

「むずむず そわそわ/近いのに 遠くなる」

 

千夜ちゃんのシャロちゃんのことを思う気持ち。

我々も一緒に、 シャロちゃんのことを思ってしまいますね。

 

それから、千夜ちゃんだけじゃない、みんなが、シャロちゃんのことを思う優しい気持ち。 

(千夜ちゃん「への」みんなの気持ちも、もちろん大事です。)

 

 

──それにしても、CDで聴いていた時より、いっそう良い曲だと気づかされました。

 

ライブで歌うとこんなにかっこいい歌になるんだなあ。いいですねえ。

爽やかです。まさにカモミール風味です。よく知らないですけど。

 

 

 

◆チマメ「ぴょん'sぷりんぷるん」

(『ぴょん'sぷりんぷるん』 収録)

 

ぴょんずぷるん。かわいすぎます。

 

 

◆チマメ「ときめきポポロン

 

ポポロンパーカーかわいいよ~~~。可愛くて泣ける。

 

(私もようやくこの間メグ仕様あんこパーカーを手に入れました。)

 

暑いだろうなあ、と気になってしまいましたが。

 

だけどかわいいいよ~~~

 

あのポポロンダンスが、リアルで見られるとは。

 

「つまんないないんだよ あれこれそれもしよっ」のところが、やっぱり可愛い。

 

あああ、、、、よすぎる。

 

メグ(りえしょん)が「くるくるりん」と回ってます。

 

最後、ああ、もう終わってしまうーーとか思っていたら、「じゃんけん」するのを忘れてしまいました。

  

つらいことがあったら、これ見るんだ。そうするんだ。

 ──これを見てもダメな時は、きっと本当にダメな時なんだと判断しよう。

(誰だったか知り合いで、アイスクリームを食べて美味しいと感じない時は、本当に体調か精神状態が悪い時だと思うようにしている、という人がいた。私にとってこのBDは、アイスクリームだ。)

 

 

◆最後の挨拶

 いいです。泣きます。

みなさん印象的な挨拶でしたが、特に内田真礼さんの挨拶は、印象的でした。これは「アニメを一緒に見る時間でもあった」と。なるほど・・・。冒頭のあいさつでも、「ごちうさ大好き!」と叫んでましたね。まさにファンの集いという感じがしました。

 

◆最後の曲「本日は誠にラリルレイン」

(2期BD6巻特典『録り下ろし新曲CD』収録)

 

まさにこの日のための歌だし、「まだまだ終わらない」という歌詞が、希望をもたせてくれる。

声優さんたちも光る棒を持つというのも一体感があっていい。

 

 

◆退場〜最後のココチノの会話

 ラリルレインが終わって、順番に、退場していきます。

 

これがかの有名な「おでこキス」か・・・。

 この様子をココチノで描いた有名な二次創作絵はすでに拝見していましたが、

 まさにこれは・・・大変神々しいものを見せてもらいました。

何回も見ました。

 

◆そして、ココチノの会話の音声が入ります。

 

ドアが閉まって、最後、キャラの絵だけになり、ココチノの会話音声が入る。

最初は、プレゼントボックスから登場しました。

声優さんたちが挨拶をして、それで終わり、というのではない終わり方。

あくまでも、ごちうさの作品世界が一番大事なものとしてあって、そこにたまたま生じた亀裂のようなもの、まさに「ラビットホール」のようなものから、ほんのひととき飛び出してきた、というような演出。

  

◆ココチノ会話の感想は、別記。