ロマン主義アニメ研究会

当サークルのブログ(兼、主の完全に個人的な雑記帳)にようこそ🌟「ごちうさ論」しりーず新刊&既刊,書店様委託販売中です🐰よろしくお願いします♪♪♪(※なお当ブログの記事は全て「ネタバレ注意」となっております)

【C95】ごちうさ論コミケ新刊・おしながき@1日目 東5 ヘ-43b

 皆さま、ごきげんよう! 寒いですが、いかがお過ごしでしょうか。

 当サークル「ロマン主義アニメ研究会」の冬コミ参加のお知らせです。新刊があります。(書店委託あり)

 またご一緒に『ごちうさ』を読みながら(CDも聴いたりして)、お話し(本を通じて)できるのをとても楽しみにしております♪

 

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ご注文はうさぎですか?』(原作、アニメ、キャラソンなど)についての評論…という感じでもないですが、文章の同人誌を頒布します。コスプレ写真集もあります。
新刊、既刊(あるだけ)、お持ちして、お待ちしております。

 

サークル:ロマン主義アニメ研究会
配置:東5 ヘ-43b
コミックマーケット95・1日目
2018年12月29日(土) @東京ビッグサイト

(ご注意です。「ヘ」はカタカナです。ひらがなは西の館です。)

 

コミケWebカタログ:

https://webcatalog.circle.ms/Perma/Circle/10371368/

 

・・・お待ちしております!

 


(書店委託)会場に来られない方はこちらもご利用くださいませ。
メロンブックス様(新刊・既刊)

www.melonbooks.co.jp


COMIC ZIN様(既刊)

COMIC ZIN 通信販売/商品一覧ページ

 

 

【新刊】ご紹介『鏡の国/すてきなセカイ:ごちうさ「旅行」エピソードを読む〈出発編〉』

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──「私たちの『ご注文』は、もう《ここ》にある」(あとがき)。

 『ごちうさ』の「世界」は、不思議で、(悲しいくらい)不条理でもあり、また「キラキラ」したものでもあります。本書では、「世界に対するわくわく」・「魔法」・「運命」といった概念を手掛かりに、この不思議ですてきなセカイの秘密を読み解きます。

続きを読む

『サンリオ男子』アニメをようやく観た

(※一応、ネタバレ注意。また、記事の途中から気持ち悪くなるかもしれません。)

むしろ当事者のために

これは、想像をはるかに上回る素晴らしい作品でした。

なんでもっと早く観なかったんだろう。・・・というか、なんかね、サンリオのお店に行くと、これの歌が時々流れてたんですよ。コミックスも売ってたり。それで気にはなっていたんですけど・・・なんとなく、敬遠していたのよね。サンリオ好きの男性というものを、当事者の外の視点から、微妙に小馬鹿にするというか、面白がる感じかな〜とか、ちょっと思ったりもして(だいたい、わざわざ男子とかつけなくていいじゃん、っていう気持ちもあって…私、あんまり○○女子・○○男子っていう言い方好きじゃないのよね…単に○○好き、○○ファンでいいじゃん、って思う)*1

けれども、そういう感じじゃなかったですね。これは、当事者の外から見て楽しむためというよりも、むしろ当事者のためのものである、とすら言っていいんじゃないかな。当事者が共感しながら見るという見方も、かなり考慮されているような気がする。

第1話で(ショタ康太可愛かったね…)、プリンちゃんを抱えている康太くんがお友達にバカにされている場面とかあったけど、…そして、一度捨てられてしまったプリンを探し出して抱きしめる場面とか…。もう、すべて自分のことを描いているんじゃないかと思ってしまった。

サンリオじゃないのでちょっと違うかもしれないですけど、私も小学生の時、りぼんマスコットコミックスを持っていただけで、塾でからかわれた…塾が始まる前に読んでいたら、あざとく見つけてきて…ってか、これがりぼんマスコットコミックスだってわかるってことはお前らも知ってるんじゃん、って思ったけど。まあ表紙の絵柄などが、少女漫画ですからね。しかも帰り道でもまだ言っていて…、そんなに言うことなのか!っていう、少し新鮮な感じさえして、驚いた記憶がありました。

男の子って、異常にそういうのに敏感なんですよね。他の男の子が、何に趣味を持っているかに対して。放っておいてくれたらいいのに…(君らの好きな、怪獣とか闘ったりするような怖そうなコンテンツ私は嫌いだけど、何も口出ししないよ?)、なんなら君も読んでみる?っていう感じなのですが…。

けれども、一方でさらに複雑なのは、こういうからかう側の男の子の気持ちまで描かれているっていうことですね。この『サンリオ男子』アニメは。諒ちゃんが康太たちに突っかかったのは、要するにこの子もまた、本当は好きなんですよね、キキララちゃんが。キキララちゃんが好きなのに、それを抑えている・・・こうして自分は我慢しているのに、あいつらはあんなにオープンにしてやがる!っていうのが、許せない、っていう、この構造。(塾のあいつらも本当は『りぼん』読みたかったに違いない、何となくわかるんだ私…) *2 

何となく、そういう気持ち悪い構造があるんですよね…些細な趣味、下手をするとシャープペンや筆箱の色のような、とっても些細な趣味にさえ口出しして、ちょっとでも「女の子的なのではないか?」と疑われるような方向(はっきり言って、私にはこれがすでに謎なのですが…)に、「仲間の」男の子たち(…ただ、私にとって彼らの大半は仲間ではない)が傾いていかないように、お互いに監視し合い、牽制し合って、架空の「男の子の帝国」を必死で守ろうとしている、崩壊を食い止めようといている・・・しかもそれを無意識の内にやっている・・・というような感じがします。・・・ああいう子たちは、小さいうちから、どこでそういうの学ぶんだろうね…。たぶん家庭なのでしょうか。

(…余談ながら私の家庭は世間からズレていたので、私が何で遊んでいようと、男の子なのに…みたいなことを言われたことは一度もなかった*3。──うん、というか、逆に、うちの家庭は、そういう区別はよくないんだ!!という考え方に過剰に傾いていたと思います。だから、かえって必要以上に私は「男の子的なもの」嫌悪になってしまったのかもしれないです。そして、それを埋め合わせるかのように、今になって、二次元世界の「クリーンな」男の子たちのなかに「男の子的なもの」を追い求める(それも、ただ見守り憧れる対象として)ようになってしまい──そして例えば今こうして『サンリオ男子』のようなものを鑑賞している──…というような、奇妙な因果連鎖がここにあるのかもしれません…というような個人的な話はこれくらいにしておきます。)

作品の本質

キキララが好きだー!

ピューロランドで、俺、見つけたんだ、やりたいこと!

──など、いろいろな名言?がある。

最初の方では、サンリオ好きなことが、まるで機密事項のように扱われているところも(まあ、やっぱり)面白い。

あとは、ガタイのいい男の子(俊介)が「キティさん」を大事にしているとか(さん付けにしないと怒る)、そういう面白さも、(やっぱり)もちろんある。 

・・・けれども、私が言いたいのは、このようなたぐいの面白さは、この作品のほんの入り口にすぎないです、ということです。この手の面白さはキャッチーだから(なぜキャッチーなのかといえば、それが常識的な偏見に沿っているからです。多数派の、常識的な偏見が「わかる〜」と思えるからです)、たぶん、それが作品への入り口になるように作られているんだろうと思う。でも、少なくとも私にとってこの作品の本質は、そこにはなかったです。

続けて見ていると、だんだんその手の面白さは二の次になってくる──むしろ、こう言うべきでしょう。そういうのが面白く感じてしまう常識的な感性(=康太をからかった少年たちのような感性)そのものに、反省を迫る作品である…のかもしれない。

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おみみのついたみんな

こういう場面も、たぶんこれだけ見たら、笑ってしまう人も多いでしょう。けれども、本編を見ていると、全然、笑う感じじゃないんですよ。むしろ、感動的ですらある(私は感動した)。

この画像で笑ってしまったような人ほど、本編を見て欲しいです。

(ただ、繰り返しになりますが、私は逆に、こういう面白さが先に目についたために、まさに「入り口」で敬遠してしまっていたのです。けれども、いざ見てみたら全然そうじゃなかった、ということです。)

迷わないで
茶化さないで Fun! Fan!? Fun!
2人一緒に
ホントに ダイスキなもの 見つけよう

サンリオ男子「Fun! Fantastic girl!」)

・・・これはアプリ版「サンリオ男子」主題歌の歌詞の一部ですが(私は未プレイ。ゲームのジャンルは「恋愛ゲーム」なので、「2人一緒に」といった歌詞があるのでしょう。なおアニメでは恋愛要素はほぼ全くなし。ただしアニメの「アイキャッチ」では、主人公ふう視点による主観映像が入る…サンリオ男子たちが話しかけてきたりして、ドキドキした)、ここでの「茶化さないで」、「ダイスキなもの」を、といった歌詞には、今お話ししたような意味合いを読み込む余地があると思います。

後半の急展開

お話の後半は、文化祭での「ミュージカル」づくりがメインになっていきます。

サンリオは、単に癒しを与えてくれて、現状維持に貢献してくれるだけではなく、さらに前に進む力、新しいものを作るエネルギーを与えてくれる、というようなことが描かれているように感じました。

ただし終盤、特に康太が仲間と揉めてしまうあたりのお話は、なんとなく、ちょっと、無理があるというか…急展開に感じなくもなかったです。

特に11〜12話にかけてのお話、とりわけ、閉園後のピューロランド前でのやり取りは、なんといいますか…なんだか、急に?こんな感じになっちゃったの?という感じが、ちょっといたしました。

ただ、ああいう展開にした意図は、推測ながら、よ〜くわかる気がします。

つまり、『サンリオ男子』は、「サンリオ」と「男子」を単純にくっつけるだけでなく、「ベン図」のように、交差させてみたかったのだろうと思います(伝わる…?)。その重なる部分には「友達」が入る、というような…(ベン図描けばよかったね…)

要点を言えば、

・「サンリオ」概念の中に、かっこよさ(甘えた感じではなく)、成長すること(幼児退行ではなく)、大人になること(子どもではなく)、といったものを、見つけようとした。

・その手がかりとして、「友達」というキーワードを、特に後半、強調した。

・・・こういうことなのだろうと思います。

そもそも、「サンリオ」概念には、可愛さ、楽しさ、あたたかさ、癒し・・・といったものに加えて、「友達」というキーワードも、重要なものとして含まれていると思われます。(たまに『いちご新聞』などを読んでいても、強くそれを感じますし、またそもそもサンリオショップは「ギフトショップ」と言われるくらいですから、それはお友達にプレゼントを買いに行く場所であって、つまり「サンリオ」は、お友達とお友達とをつないでくれるものとして最初から位置付けられていると言えます。)

 

12話前半、祐が、ピューロ閉園後の〝鎖の柵〟(あれ正式になんていうの?)を超えて、康太のところに近づきます。これは、康太の自分一人の世界(=閉園後のピューロランド=閉ざされた心)を、(ちょっと強引に)こじ開けて、踏み込んでいく、ということを表現しているでしょう。

そして、自分一人の世界(=誰もいない、一人だけしかいない、夜のピューロランド)に閉じ籠ろうとする康太に対して、「そんなの、ただのガキじゃないか」と、祐は指摘するわけです。

つまりこの場面で、ただの「ガキ」・「子ども」のままでいることが、価値観としてはっきり否定されているのです。要するに、『サンリオ男子』においては、{ サンリオ・ピューロ 〜 子どもっぽさ }という結びつきを断とうという意図があるのだろうと思います(そしてそれは、この作品の意図であるばかりか、おそらくこの作品の「原作者」である「サンリオ」社の意図でもあるでしょう)。 *4

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(↑オープニングは、このような全然違う色使いを交互に使っているのが、面白かったです。)

サンリオ男子』アニメのオープニングでは、甘いパステルカラーと同時に、ビビッドな色や黒っぽい色使いの場面が交互に差し挟まれていました。まさにこのことに表現されているように、この「サンリオ男子」という概念が、子どもっぽいものに甘えた、幼い、頼りない男子たちのことを指すのではなくて、むしろ、可愛げがあるけれども、同時にやっぱり強くてかっこいい男子たちとしてきちんと描かなければいけない!という強い意図があるのだろうと思います。

そして、そのような、「男子」たちがサンリオやピューロランドに、ひたすら単なる癒しを求めて、べったりと子供っぽく一人の世界に閉じこもっていくようなお話だとは思われたくない!という、制作者たちの強い意図、恐れのようなものが少し強すぎたあまり、アニメの後半では、展開が焦りぎみと言いますか、なんとなく「急な」感じになってしまったのかもしれません──もちろん、こうしたことはあくまでも単なる推測ですが。 

りょうちゃんかわいい、かわいいりょうちゃん

・・・と、いろいろもっともらしいことを書きましたが、まあ、はっきりって、この作品を楽しんだ要因の大半は、諒ちゃん(&キキララ)です。

ずっと、りょうちゃんかわいい、かわいいりょうちゃん、はああ〜〜〜♡ って見ていました。(それなのにアニメ終盤に近づくにつれて、冷静な「考察」をし始めてしまった私が、ちょっと嫌になりました。)

とにかく、諒ちゃんかわいい、かわいい諒ちゃん♡♡です。

ひたすらかわいいので、諒ちゃんのためだけに見てもいいレベル。もう、ほんっとうにかわいいから。

家族から溺愛されすぎているが、それもわかる。私が家族なら絶対溺愛する(したい!)。…家族でなくても溺愛する。

一人称「俺」。これもいい(↓こういう見た目で、俺、って!きゃわわわゎゎゎ…やばい)。 

推しの推し

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会長(誠一郎)と諒ちゃんとの回(第5話)が最高によかった。二人ともかわいすぎる。

・・・ごめん、可愛いって言うと怒っちゃうんだよね、でも可愛いよ、諒ちゃん。だから心の中で言うね。

ずっと諒ちゃん回はまだかな〜と思って楽しみにしていた。(あの色白金髪で読書好きの美少年はまだなの!?まだなの!?ってずっと待ってたから。)

しかも!!この一番好きなキャラが、私が一番好きなキキララちゃん好きだったというのが、とってもうれしかった!のです!! 推しの推しが推しだったっていうことですよね(??)、これ。

こういうのって、幸せなことのはずですよね!?(よくわからないけど!)

(でも現実に諒ちゃんがいたら仲良くなれるきっかけになりそうですよね!だからやっぱいいでしょ!!)

会長もかわいい

会長がキキララなのかな〜、とか思っていたら、違ってた。(会長も好きだからそれでもよかったけど!)

それにしても、会長・・・

諒ちゃんかわいい、諒ちゃんかわいい、は、ず〜っと、絶叫しながら見ていましたが、

 

会長が第5話にきてこんなにかわいいとは・・。

LINEのアイコンが飼い犬と思われる柴犬の写真・・・。会長がこの犬をかわいがっている姿を想像するだけで、きゅんとする。(その後犬も出てきた。)

会長もかわいいよ。会長。ピューロランドで癒される会長。

会長はそれまで一切そういうそぶりが描かれずに、ひたすら質実剛健、文武両道、といった感じの描かれ方が徹底していたところがよかった。その会長が、会長が〜〜!シナモンちゃんと握手している姿・・・かわいすぎる・・・。シナモンよりかわいいくらい。

 

ちなみに第5話、会長と諒ちゃんとが向かい合って話す場面で、二人の飲み物のチョイスも、りょうちゃんがロイヤルミルクティーだっていうところとか(紅茶花伝っぽい)・・・やっぱり、という感じで細かい(諒ちゃん好きそう〜。イギリス生まれ?の、色白で可愛い諒ちゃんは、やっぱりロイヤルだし、ミルクですよね!)。

 

会長が好きすぎる諒ちゃんが可愛すぎる

諒ちゃんは、会長が好き過ぎる(あ〜かわいい)。

せんぱい!って呼んでるの(かわいい)。会長に対してだけ素直とかって・・・もうやばいですよね。 

毎朝、先輩が練習するところを、弓道場のフェンスから見てる。これもう可愛すぎないですか!? しかも、別に弓道に特に興味があるとか、入部したいとかじゃないんですよ? 先輩が見たいからって…は〜かわいい。

諒ちゃんは、自分に体力がないことをなんとなくコンプレックスに感じていて、だから、たくましい男の先輩に憧れちゃうのかな・・・可愛すぎる・・・。そして、「よし、じゃあ俺も鍛えよう(入部しよう、先輩筋トレを教えてください…)」とかってならないところが可愛すぎですよね。 憧れるから毎朝見に行く、って・・・。

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諒ちゃんが、会長が卒業するとき泣いちゃう様子なども想像した(泣いてる顔もさぞかし美しいことだろう…。長い睫毛に涙が掛かって…詩的な美しさ。まさに美少年。──それで思い出作りに2人だけで(制服で)ピューロに行ったり…。その様子を一部始終物陰から見守りたいですね…あ、ええっとこの辺りはまったく本編にはない妄想です…) とまあ、こんなふうに妄想が広がるくらい、会長が好きすぎる諒ちゃんが可愛すぎる、ってことです。

その他

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お泊りのとき、いつも一人だけ、パジャマ!っていう感じのを着ている(パジャマ姿やばい)。お祝いされて喜ぶりょうちゃん・・・。16歳なんだ〜。ああ、かわいい。(このお風呂上がりのほわんとした感じも良さすぎる…気のせいじゃないよね、明らかにせっけんの香りがしてきた…いや、お金持ちの家の高級なハーブとかが入ったシャンプーの匂いだこれは……ええっと、これ以上は控えておきます…)

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エンディング映像。良い。王子様感。この後、会長と諒ちゃんの間に一瞬ハートができる。

 

*1:そもそも『サンリオ男子』は恋愛シミュレーションゲーム版もあるので、そのことを考えれば、一応ゲーム上は恋愛対象であるのだから、小馬鹿にする、というようなことにはなりえないと言えばなりえないのですが…タイトル以外、あんまりよく知らなかったのです。 

*2:とっても大げさに言えば、「男子」に与えられている抑圧の構造っていうものを描いていると言えるかもしれません。引用符付きの”立派な”成人男性という「主体」を形成する「権力」が(主体の間で)作用しているさまを描いている・・・っていうような、大きな話に広げてもいいのですが、ちょっと今は疲れるのでやめておきます・・・それよりそもそも、諒ちゃんかわいい、キキララかわいい、諒ちゃんがキキララ好きで嬉しい、っていうことが言いたかったから、この記事を書いたのです。見てよかった。

*3:だが靴やお洋服の類だけは(やんわりと)許してもらえなかった記憶があり、少し恨んでいる(さすがにそこが限界だったのだろう)。

*4: 広い背景まで視野に入れるならば、少子化などの社会背景も踏まえて、企業としての「サンリオ」は、子供だけでなく、大人にもサンリオ商品をこれからもっとたくさん売りたい、という意図などもあるかもしれません。そしてそのためには、サンリオは甘ったれていて子供っぽい、というイメージではなくて、むしろ大人こそサンリオ、大人こそピューロ、というイメージをもっとつけたい、というような、企業としての意図もあるかもしれません。そんなわけもあって、ピューロやサンリオは、会長が一度そうしようとしてためらっていたように、自分一人の世界に入り込んで、甘やかされるようなもの、としてではなく、むしろその逆に、自分たちを成長させてくれるものとして、描きたいのだろうと思います。子供の心に戻してくれるだけでなく、さらにそれを通じて、むしろ「大人」にしてくれるものとして、描きたいのでしょう。 

本物のニセモノ──サイリウムチェンジについて(『プリパラ』)

サイリウムチェンジしなくなっちゃった・・・」

って思った人は多いかもしれませんが、

「プリズムジャンプしなくなっちゃった」、ってかつて思った人もいたはずで、そういうもの、とだけとらえればいいのかもしれませんが。

 

「チェンジ」しない

すでに『アイドルタイム〜』の時点で、プリパラの色使いは、原色使いの過剰な装飾主義(「ビビッド」)から、ゆめかわいい色使い、いわゆるユニコーンカラーにシフトしていました。とはいえ、サイリウムチェンジは残っていて、実は、なんとなく、ゆめかわな色使いとの差が感じられなくもなかったです。

パステビビッド

素敵だもん なやんじゃう

(ゆい&らぁら「ブランニュー・ハピネス!」)

とはいえ、にの *1 )

 

「おひめさま」の「どれす」

そしてこういうのは、確かに子供は好きだろうな、と思います(また、私も好きです…((装飾の過剰性という点で、プリパラはロリィタ・ファッションと通じるものがある…と何となく思っています。)。

子供にクーピーとか色鉛筆とかを渡して絵を描かせると、だいたいああいうてんこ盛りな色使いの、上品とは言えない絵を描きす。

それから、「おひめさま」の「どれす」みたいな絵を、子供はよく画用紙に描いていますが、これもまた、スカートが過剰に何段にもフリルが付いていたり、リボンが過剰だったりするような、決して上品とは言えないデザインです(=「野生のサイリウムコーデ」、と呼ぶことにしましょう…)。

 

*1:にののブランドは「Neon Drop」でしたが、考えてみれば、そもそもサイリウムコーデはたいてい、ネオンカラーであったと言えると思います。わざわざにののブランド名にネオンなどという言葉が入っているのは、明らかにゆいの色使いを踏まえてのものです。やみちるといったアイドルたちの色使いは、はっきりとしたものですし、無印プリパラのアイドルもたくさん登場しますから、サイリウムチェンジはそれほど浮いたものではありませんでした。

むしろ、どちらかといえば、ゆいの色使い(「パステル」)だけが、唐突に挿入されていた、とすら言えるかもしれません。

 

しかし『プリチャン』に入ると、全体の色使いが、一層淡くなっていきます。

もうこうなると、サイリウムチェンジの居場所はなくなります。

 

──そもそも、プリチャンでは、サイリウムチェンジに限らず、「チェンジ」をしないのです。

 

プリパラチェンジもしない。

 

なぜなら、なんでもない日常の中に、キラッと輝くものを見つけ出す、というのが趣旨ですから。

まさに文字どおり、インスタ映えSNS映えの価値観です。

 

「メイキングドラマ」も、確かに、日々の中で感じたことがベースになっているべきものです。

しかし、あくまでも日常は単にベースになっているというだけであって、それを精神的な世界で「ドラマ」へと練り上げていかなければなりません。

 

もはや日常から、非日常へと「チェンジ」しないのです。

  

プリチャンでは、ほんとうであることが、プリパラではニセモノであることが、大事にされている、という言い方ができるかもしれません。

(お花は買わずに花屋で撮影して終わりにする。流行の服はインスタにあげたらメルカリで売る。──先日、お花屋さんでお花を選んでいたら、お花をじっくり選んで買うのかと思いきや、写真だけを撮ってそのまま去っていく、という人を、短い滞在時間の中で、それこそ本当に何人も何人も、見かけました。一人や二人ではなかったので、かなり驚きました。…確かに画像が欲しいだけなら、お花は「邪魔」だものね。お水換えたりしなきゃいけないし。) 

 

リアルライフの記録たるSNSも、結局のところ、SNS映えする絶妙なポイントをけんめいに探して撮られた写真に、さらにフィルター加工を施してアップしているわけですから、もうちっとも本物ではない・・・のですけれども(それもお互いみんな知っているのだけれども)、やはり、それは本物ですよ、リアルライフですよ、という建前がたえず生きています。

 

私はどちらかというと、ニセモノであることを楽しむほうが好きかもしれません。

(初めから盛大に、ニセモノですよ!と宣言して、ニセモノ世界で思いっきり泳ぎ回るほうが楽しいのではないか、というような気いたします。)

 

サイリウムチェンジの色使い

サイリウムチェンジって、はっきりいって、下品なんですよね。

服がサイリウムになって、光ってしまって。 

けれども、こういうのが、見たいんですよ。

 

うすーい色・味付けの、生活クラブ生協的なお菓子もいいけれど、

時には、外国とかの、カラフルな色使いの着色料てんこもりなお菓子とか、食べてみたいんですよ。

駄菓子だって食べてみたいんです。赤とか緑のゼリーみたいなやつとかね。

 

紫京院ひびきが、芸術とか、ほんものとか、と言っているけれども、それもまたどう考えたって、ニセモノなのです。アイドルは、どう頑張ったって、本当の芸術には到達できない。そして、そんなものに到達しなくていい、ということなのです。

(むしろ、そこには到達したくないんです。「本当の美」といったものから目を背けたまま、宙づりのまま、ふわふわとそこらを漂っていたいのです。伝統、歴史、真実、といった「重さ」は、勘弁して欲しいのです。…そういえばひびきが『存在の耐えられないアホ』という表現を使っていたのが印象に残っています。)

 

「本物」を知る人物として紫京院ひびきが登場しますが、

その紫京院ひびき自身が、所詮は、あんな色使いのサイリウムコーデを好んでいるのです。語尾が嫌いなら、おそらくあんな色使いも嫌いなのではないかと思うのですが、そうではないのです。

(「本物」の味を知る人がネスカフェを飲むわけがないだろう!というツッコミを入れてはいけないのです。あくまでも「本物のネスカフェ」、本物の駄菓子、本物のサイリウムチェンジ、でとどまる世界なのです。)

(おそらく、最も本物ぶっているひびきが最もニセモノである、ということにこそ、意味があるのではないかと思います。レオナとの会話を思い出してみましょう。「すべては演技」、なのでした。それゆえ、「私とひびきさんとはちょっと違うみたい」とレオナは結論付けます。──レオナは、それゆえ、もしかするとプリパラの中で唯一「本物」なのかもしれません。「私はあるがままです」。((これは完全に、レオナ教の私の、偏った意見です。レオナのみが本当の本物なのだ、と、思いたいのです。──しかもそれは、SNS的リアルライフ、という意味でのそれではありません。・・・レオナ君はインスタ[ないし、プリスタグラム]なんかやるだろうか…自分からはあんまりやらなさそうです。ウサギとかドロシーに言われて、ようやく始めそう(いまどきアイドルならみんなやってるウサ!とか)。…あ、それはいいね。すっごい癒されそう、レオナのアカウント。

プリパラのレオナ

『プリパラ』で、私が好きなのはレオナくん。

他のみんなも、そもそも『プリパラ』という作品や世界そのものも含めて、もちろん全てが好き。だけれども、やっぱり、何と言ってもレオナくんが大好き。レオナがいなければ、ここまではこの作品にハマっていないし、時間もお金も使っていなかっただろうと思います。

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・・・はっきり言えば、半分以上がレオナのためで、残りがその他、という感じです。

──いいえ、こう言ったほうが正確かも。つまり、レオナくんが主要なキャラクターとしてその中で自由自在に振舞い、活躍することができている、そのような「プリパラ」という世界・システムや、『プリパラ』という作品が、好きなのです。

(レオナのいないプリパラはプリパラじゃない…というのは大げさじゃなくて、多分本当に、レオナがいるからプリパラはプリパラなのです。私はそう思います。プリパラの「システム」は、そういう「システム」であって、だからこそ私は好きなのだと思います。)

 

 

アニメのレオナ 

アニメではレオナが映ると、わぁ〜レオナ〜〜、笑ってる〜、とか、困ってる〜〜〜とか、いちいち、過剰な反応をしながら見ています。

アニメのレオナの八の字眉なレオナ

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(↑お前が1人でメイキングドラマを作ってみろ!とか言われたときのレオナきゅん。しゅん…。 〜シーズン1「レオナ、全力ダッシュなの!」

この、八の字眉の、困り顔なレオナきゅん…♡ ──この子がこの困り顔をしていると、もう…胸が締め付けられるような気持ちになる…。息が苦しいです…。(今これの作業中に画像見てるだけでも胸が苦しくなってきました…)

なんとかしてあげたい、というような気持ちなのかな…これはどういう気持ちなのかわかりませんが、愛おしくて切なくて(J-POPの歌詞みたいですが…)胸が苦しくなります。きゅん…♡♡♡

(そして、この子はすぐこういう顔をするものだから、アニメでレオナが出ているときは、ほとんどいつも胸が苦しいです。プリパラはだから身体に悪いアニメなの…)

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ちなみに、この話数からの延長で捉えると感慨深いのが、シーズン3の「めざめよ!女神のドレスデザイン」の回。そふぃ宅で、またこの表情…きゅん…。シーズン1では、シオンに「お前が1人でメイキングドラマを作ってみろ!」などと言われてしまっていましたが、シーズン3にもなると、むしろ誰にも言われないのに、3人分ものコーデを作ってしまいます(天ざるをヒントに)。感慨深いです。 *1

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あとは、こちらは困り眉というか、ちょっと怒っている表情(シーズン1「ファルル、目覚めるでちゅーっ!!」)。この子が怒るということはめったにないのですが、これは「ファルルにとって『ともだち』は『バグ』なのだ」「1人でもともだちができると命を失う」という話を聞かされて「ひどい!」と言っているときの表情です。レオナ……。

このときレオナは、誰よりも一番感情激しく、涙を浮かべながら、こう言っていました(隣のドロシーも、いつも穏やかな弟が…という感じで、気にしている様子ですよね)。

この場面から、レオナがいかに優しい子なのかがわかりますし、また、なんというか…だからこそレオナはプリパラに入ることができているのかな、と、私はこのとき思いました。

(最もプリパラの「精神」というものをわかっていて、大事にしている人と言えるのかも…と思ったりしました。というのもレオナは、「身体」ではなく「精神」において、「プリパラの神が許し」たのであろうからです。・・・また、だからこそ、私は、レオナがいるからプリパラはプリパラなのだ、と思うのです。──これは冒頭にお話ししたことと関係します。レオナはプリパラ[の「精神」]そのもの…。レオナは天使だと言われますが、まさに神の使いなのです、「プリパラの神」の。)

アニメのレオナの優しいレオナ

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ねえ見て、このやさしい表情。

この場面は、壊れてしまった「ファルルののん」が直り、ファルルがそれを抱きしめて「あったかい」と言っているときの、見守っている表情です(シーズン1「ファルルのトモダチ」)。ほんと、心から優しいお顔をしていますよね(…泣きそう)。

──ちなみに、ご存知の通り、ブリキの人形たる「ファルルののん」が直ったのは、最終的にはレオナのおかげでした。

本来、ブリキの人形は抱いたら「冷たい」はずですが、このときファルルはそれを抱いて、「あったかい」と表現しています*2。これはもちろん、精神的な意味で(が)「あったかい」という意味であって、ファルルがそのような精神的な表現を、ここでほぼ初めてはっきりと認識し、口にするわけです(そしてこの後ファルルのメイキングドラマが新しくなる)。

そこで私としてはやはり、ここでレオナが「ファルルののん」を最終的に直した、ということに意味を読み取ってしまいます。先ほども確認したように、レオナは「身体 body, corps」ではなく、とりわけ「精神」において(のみ)、おそらくプリパラにいることができているのです。このことにおいてレオナは、むしろ誰よりも、最も精神的にすぐれてプリパラ的である、と言えるのではないでしょうか。言い換えるならば、プリパラの精神的な意味での位階…のようなものがもしあるとすれば、その中でも特別な場所に位している、のかもしれない・・・そういった、神に近い存在者(=「天使」)たるレオナだからこそ、「物体 body, corps」にすぎなかった「ファルルののん」、そしてファルルに、「精神(魂) soul, âme」を、授けることができたのかな、とか思ったりします *3 。

「なんだか、心に届いた気がする…!」──あのあとファルルのライブを見た、レオナの言葉です。おそらくレオナは「ファルル誕生」を確認しているのです(ライブ後、セリフではっきりとした感想を述べるのは、(モブ等を除けば)らぁらと、レオナだけです。らぁらは「よかったね、ファルル」とだけ言っています) *4

・・・ええっと、話を戻しますと、レオナは優しい、ってことです!レオナは、「ドロシーのふたごのおとうと。人のためになにかをするのがすきな、やさしい男の子」と紹介されていました(この紹介文好き。〜『小学館のテレビ絵本 プリパラ』)。ほんと「やさしい男の子」って良いよね。

アニメのレオナの小さいレオナ

あと、ちょっとマニアックかもしれませんが、アニメでレオナがみんなの後ろの方にいるときなどに、小さく、ちょこんと(ちょっといいかげんに…?)描かれた感じのときがまた、私はすっごく好きなんです…。

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見てよ、こういうの。超可愛くないですか? なんか、ちょっと昔の絵本とかにありそうな素朴な感じというか…かわいい〜〜。

アニメのライブのレオナ

アニメのライブのシーンは大変です。レオナくんばかりを目で追いかけます。映っていないときも、こんな動きをしているに違いないなどと思いながら見ています。

手を振ってくれたりするシーンは、絶対に手を振ります。(CHANGE! MY WORLD)

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わ〜〜レオナくんが手を振ってくれた〜〜〜きゃ〜〜、とか叫びながら(自室で・一人で…) 。

アニメのライブのレオナの少女なレオナ

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アニメのライブシーンのレオナが、一番顔の輪郭が丸いと思います。

だから、一番カワイイ感じに寄っていて、一番「少女」っぽさに寄っている(「少年」っぽさよりも)ように感じます。・・・どっちにしろ可愛いのですけどね! 

筐体のレオナ

私は筐体では、やはりほぼ毎回レオナを選択していました。

(マイキャラではほとんど遊ばなかった。間違ってマイキャラ選んじゃったら、チッ、とか思ってた…ごめんねマイキャラ。・・・マイキャラちゃんはどうしていたのかというと、キャラ選択をレオナにして、自分のトモチケをスキャンして、レオナきゅんと共演、というのを時々やっていました。自分のトモチケをスキャンって、寂しい人みたいですが…。もう一人はドロシーとか、シオンとか。ひびきもたまに。)

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↑筐体レオナの私的ベストショットに近いかも…光の中で微笑むレオナきゅん…。なんか切ないよね…(もう会えないと思うと余計……)。じゃあね、って言っているようにも見えるし、こっちに来る?って誘いかけているようにも見える。・・・なんかもうこのまま、サイリウムの光の世界?に誘い込まれて(筐体の中へと…)、もう二度と帰って来れなくなってもいいかな、って思えるような、そんな光景。…待ってよレオナ、私もいま行くよ…。

筐体のレオナの少年なレオナ

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私はなんとなく、この筐体レオナが一番「少年」っぽく見える気がします。少女ではなくて。(少年っぽい、って言いながら、わざわざ水着のコーデ画像を選ばなくても良かったね…)

・筐体レオナは、多分、一番顔の輪郭が細いです。それもあると思います。

・また、髪の毛のふわふわボリュームの度合いも、他のレオナに比べて、一番少ないです(だから、コスプレのウィッグを作るとき、筐体レオナを参考にするか、アニメのレオナを参考にするかで、結構感じが変わってきます)。それもまた、少年っぽいすっきりした髪型に見せてくれています。

・また、筐体レオナは、特徴的な前髪のクルンとなっているくせっ毛の束が、一番しっかりと入っています。伝統的ないわゆる「美少年漫画」でも、こういうくせっ毛のクルンとなった美少年というのは出てきがちな気がしますが(好きですが)、そんなイメージとも重なって、この筐体レオナは、私にはいっそう「少年」らしさが感じられて、好きでした。

・・・うん、筐体レオナが一番好きだったかも。

筐体のレオナのランウェイのレオナ

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これ!プリパラ筐体の「ランウェイ」で、「レオナだよ〜」って手を振ってくれるところが、本当に本当に、本当に好きでして♡♡ そこでわざわざ可愛く名乗るレオナ…可愛すぎるよね…。かわいい。

毎回必ず、私も手を振りながら(片方の手でボタン押しながら)、「あ〜ほんとだ、れおなくんだ〜〜」って、心の中で言い返してあげていました。(心の中でね、周りにお客さんがいるから…いないときは…言ってたかな…。と思ってたら背後に急にいたりするから気をつけないといけないんだよね…

筐体のレオナのスーパーアイドルタイムのレオナ

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コヨイにエスコートされるレオナきゅん…♡♡♡ ああ、なんかいい…良いよね…。ここすごい好きだった。

スイッチのレオナ

ついにこの間、とうとうニンテンドースイッチを買いました(完全にプリパラ専用…普段ああいう家庭用ゲームみたいなの全然やらないから)。もう、最初の起動したときの画面とか音楽からして(プリズムストーン店内が映っているところね)、筐体が家に来た!…かのような嬉しさがありました。

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当然ながら、スイッチのレオナは、筐体レオナの特徴をそのまま引き継いでいます。けれども、これは本当に気のせいかもしれないけど、元の筐体レオナよりも少しだけ顔の輪郭が丸くなって、少しアニメ寄りになっている気が、しないでもない。…う〜ん、気のせいかな…。でもどちらにしろ可愛いので良いんです!

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キャラ選択のこのときの感じ好き。少し首を傾けて、本当に優しそうな表情で、「テンションリラックス〜」。

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さっきも言ったように、私は、プリパラ筐体の「ランウェイ」で、「レオナだよ〜」って手を振ってくれるところが、本当に好きでした。スイッチ版でも、ちゃんと「レオナだよ〜」って言ってくれるので嬉しかったです。これで、大声で、(周りを気にせず)手を振りながら、「レオナきゅんだね!」って、ちゃんと言い返してあげることができますね!(一人で・自室で。)

プリチャン筐体のレオナ(風マイキャラ)

筐体が『プリチャン』に変更されたとき、「おひっこシステム」で、元のマイキャラには消滅してもらって(さようなら…)、マイキャラを完全にレオナにしました。

完全に…というか、ほくろの位置がちゃんとならないんですよね、あれでレオナを作ろうとすると(いや、ランク?がアップしたら選択できるようになるのかな?あまりやっていないのでわかってないです)。

ハートマークのチャームポイントのついたお目目を選択すると、ちょうどレオナのほくろっぽい位置にくるので、それにしてます。あれもかわいいしね。…いや、ほんとにかわいいんですよ♡♡♡

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コミックスのレオナ

あとは何があるかな〜。コミックス版のレオナ、っていうのもありますけど・・・。

そうですね、例えば、ちゃおコミックススペシャル『プリパラ』第1巻、第7話、をご参照ください(?)。

・シオンに助けてもらって、レオナ(シオンさん…男らしくてかっこいい…)

・その直後、「ほかにケガがないか見せてみろ」「え!?あ…!」ばーん「!!?」・・・きゃ〜〜〜はずかしい〜〜〜〜!!

といったところなど…。良い、場面でした…。

(おまけ)リアルのライブのレオナ

以上のように私は、アニメでも、筐体でも、その他の媒体でも、「ライブ」の場面では、めいいっぱいレオナに呼びかけて、手を振ってあげている。そしてきっとレオナは、それを受け止めてくれているはず…と私は思っている。

けれども、やっぱりアイドルなら、ライブ会場で、声援を「直接」送ったり、サイリウムを振ってみせたい気もします。ライブでは、会場のたくさんの光や声援の一部として、という条件が付くけれど、実際私の応援は、アイドルに届いている…と、少なくとも思うことができます。

もちろん、ライブ会場にいらっしゃるのは、レオナそのものではなくて、声優さんです。けれども、レオナって、何でしょう? 私はレオナのすべてが好き。見た目も、性格も、ふんいきも、性別も、趣味も、何もかも。そしてもちろん、声も大好き。少なくともレオナの声は、声優さんが演じてくださっているおかげです。その意味で、声優さんはレオナの一部なのです(正確には、声優さんの一部[たくさんあるお仕事の中の一つとしてレオナを演じていること]が、レオナの一部)

振り付けも歌も、実際に練習を重ねて、ここで披露されているのだ…と考えると、レオナたちもそんなふうに練習を重ねてライブをしているのかな…と、思いをはせることができます(もっとも、プリパラの「練習」というものが、どの程度、なんといいますか、必要性のあるものなのか、曖昧なところもありますけれど…)

そういう意味では、ライブ会場で声優さんに声援を送ったり、サイリウムを振ることは、レオナくん(の一部)に、直越呼びかけていることになる…と思えます(レオナくんの一部が、今日はレオナくんの全部を代表して、そこにいる、と思ってもいいですね)。だから、またライブがあったら行きたいな、と思っています!

*1: ちなみに、そのときのレオナデザインの可愛すぎるコーデのデザイン(メイドさん風…)に抵抗気味のシオンに対して、(おそらく)天然な笑顔で、「なあに?シオン」と押し切るレオナが強くて可愛かった。ペッパーがレオナに雄ライオンの影を見て恐れていましたが、こういう天然な強さがレオナにはあるのかもしれません。また、そのあと「レオナの思いだ…」とかって、いかにもシオンっぽい納得の仕方をしようとしてしているシオンも可愛かったですよね。シーズン1で「お前が作ってみろ!」とか言ってしまったことも、もしかしたら思い出していたのかもしれません。 

*2: ちなみに、シーズン1最終話の「ファルル誕生パーティー」でも、ファルルが、いろいろな食べ物を食べて、「あったかい」ものを「冷たい」というように、あべこべに表現していたシーンがあったかと思いますが、これも何かこのことと関係があるのではないかと思っています。 

*3: もちろん、そもそもボーカルドールはひとびとのアイドルへの憧れから生まれたものであって、もともと「精神」的な背景があります。また、ファルルが「あったかい」と言うようになるまでのプロセスにおいては、まず第一に言うまでもなくらぁらが重要ですし、レオナ以外の他のアイドルたちももちろん重要です。ここでは、最後にレオナがファルルののんを直したことと、レオナの特殊性とを結びつけて、・・・要するにレオナきゅんが天使で最高なんだ、っていうことを言いたいがために、レオナ教信者が良いように考えたことなのだと思ってください!!

*4: そう考えてみれば、機械のゼンマイを巻く神(ここでは機械を直した天使レオナきゅん)…という像も理神論的で、「システム」が支配するプリパラの世界の神(の使い)の像にぴったりですよね。要は、レオナきゅんは天使きゅん、ってことです。 

【C95】ごちうさ論コミケ新刊・おしながき@1日目 東5 ヘ-43b

 皆さま、ごきげんよう! 寒いですが、いかがお過ごしでしょうか。

 当サークル「ロマン主義アニメ研究会」の冬コミ参加のお知らせです。新刊があります。(書店委託あり)

 またご一緒に『ごちうさ』を読みながら(CDも聴いたりして)、お話し(本を通じて)できるのをとても楽しみにしております♪

 

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ご注文はうさぎですか?』(原作、アニメ、キャラソンなど)についての評論…という感じでもないですが、文章の同人誌を頒布します。コスプレ写真集もあります。
新刊、既刊(あるだけ)、お持ちして、お待ちしております。

 

サークル:ロマン主義アニメ研究会
配置:東5 ヘ-43b
コミックマーケット95・1日目
2018年12月29日(土) @東京ビッグサイト

(ご注意です。「ヘ」はカタカナです。ひらがなは西の館です。)

 

コミケWebカタログ:

https://webcatalog.circle.ms/Perma/Circle/10371368/

 

・・・お待ちしております!

 


(書店委託)会場に来られない方はこちらもご利用くださいませ。
メロンブックス様(新刊・既刊)

www.melonbooks.co.jp


COMIC ZIN様(既刊)

COMIC ZIN 通信販売/商品一覧ページ

 

 

【新刊】ご紹介『鏡の国/すてきなセカイ:ごちうさ「旅行」エピソードを読む〈出発編〉』

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──「私たちの『ご注文』は、もう《ここ》にある」(あとがき)。

 『ごちうさ』の「世界」は、不思議で、(悲しいくらい)不条理でもあり、また「キラキラ」したものでもあります。本書では、「世界に対するわくわく」・「魔法」・「運命」といった概念を手掛かりに、この不思議ですてきなセカイの秘密を読み解きます。

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ごちうさがこわい ──ごちうさの文章を書く体験

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新刊『鏡の国/すてきなセカイ:ごちうさ「旅行」エピソードを読む〈出発編〉』

 

 ごちうさに関する文章を書いているときの不思議な体験について、ちょっとここに書いておきます。面白い体験なので。

 元々、私は書き始めたらあっという間に文章は書けてしまう方ではあるのですが、特にごちうさに関する文章の場合、書き始めたら、あとは自動的に、どんどん進んでいきます。これが本当に不思議なんですが、ごちうさに関する文章は、最初にちょっとだけこんなことを書こう、というような小さな出発点から、あっという間に出来上がります。出来上がって初めて、ああ、こういうことが言いたかったんだ、と、後から自分で気がつきます。

 変な言い方ですが、自分で文章を書いている感じがしません。「宝箱のジェットコースター」に乗って、気がついたら終点に着いてるという感じです。*1 そしてそれは、明らかに、ごちうさ本編そのものの構造が、そのようにしっかり組み立てられているからなのです。『ごちうさ』に、何か一つ、とても細かい点について問いかけてみると、その何倍もの詳しい答えが返ってきます。ここはどうしてこうなっているのですか? このような解釈でよいのですか? と、コミックスや雑誌(さらにCD)を開きながら質問してみると、その答えはすぐ返ってくるし、さらにその何倍もの新しい発見をおまけでつけてくれたりもします(さらにその新しい発見を少したどると、さらに別の意外な発見につながったりもいたします)。本当に、とても不思議な作品です(ちょっとこわいくらいです──そう、ときどき私は、ごちうさがこわい)。

──これはひとがつくった作品なのだろうか…何か神のような存在者による業なのではないか…とか…ちょっとこわいです。…雪の結晶とか、小さな昆虫の構造とか、ひとが容易に作り得ないような小さくて美しい構造体を、顕微鏡で発見したときのAmazing!と言いたくなるような経験に近い気がします。小さなもう一つの《自然》が、そこに広がっている。──だからおそらく、私たちはごちうさを通じて、私たち自身を知ることになるのでしょう。

・・・いえ、むしろ逆であって、私たちの住む《自然》を、その中に反映してしまう"鏡"のようなものが、『ごちうさ』なのかもしれません。そうであるならば、「こわい」のは私たちの住む世界の方だということになります・・・。

 

 そういうわけなので、ごちうさに関する文章は、いったん書き始めたなら、もう止まりません。全部の文章の約半分くらいは、くらしの中のわずかなすき間の時間で書いたりしています。普通は細切れにこういう作業をすると思考が中断されて効率が悪いはずなのですが、ごちうさの文章に関しては、寸断された時間でちょこちょこと書いても全く効率が落ちません。それは本当に、自動的なプロセスを次々とたどっていくような感覚なので、このプロセスをいつ一時停止して、どこで再開しようとも、全く平気なのです。

 そういうわけで、いつも私のごちうさに関する本は、全てが驚くほど短時間で(半自動的に)書き上げられています。毎回、ああ、今回こそは、新刊はないんだな、まあそれでもいいか…と思って、冷や汗が出るくらいギリギリの日程から書き始めているのに、しっかり間に合ってしまいます。・・・そして、こういう経験がよくないのですよね、すっかり味をしめてしまい、毎回一度は冷や汗はかくことになります、できればそんな汗かかずに済みたいです。

 

 ・・・そのようにして(?)書かれた【新刊】のお知らせは、こちらです。コミックマーケット95(2018/12/29)での頒布、書店様委託販売がございますので、よろしければどうぞ。 

miusow.hateblo.jp

 

 

 

(・・・ええっと、ちなみに、この作品をご存じない方のために書いておきますが、「ある意味、こわい」という意味であって、全然、普通の意味で怖い作品ではありませんよ。まったり、暖かく、のんびり楽しめる作品です、本来。 *2 それをこわいとかいう私の方が怖いんです。もうね、ハマりすぎて、おかしくなってるんですよ。そういう人がいるんですよ。)

 

  

*1: だから、今回の新刊も、自分で書いた本なのに、後から自分で読んで、すごく面白く感じました。それは自分で書いたという気がしないからです。そして何より、ごちうさが面白いからです。──そう、新刊、面白いですよ(宣伝)。 

*2: ご家族で、年越しの時にコタツでみたりしてもいいくらいの作品です。気まずくなったりしないと思うので大丈夫です。1年前に映画館で公開されたスペシャルエピソード『Dear My Sister』が年末年始にBSで放送されるそうなので、ご家族の方は是非、お茶の間でご覧になってください。

【書店委託】「ごちうさ論」本、書店様依託(メロン、ZIN)のお知らせ

 改めまして、コミケではスペースにお越しいただいた皆様、本を手に取ってくださった皆様、ありがとうございました。また加えまして、書店様を通じて本を手に入れてくださった皆様も、本当にありがとうございました。

 短い時間ながら、皆様と少しお話しできたのもとても楽しかったです。既刊のご感想を頂いたり、とても嬉しかったです(だから、遠慮なく感想言ってね!)。 

さて、 コミケ等で頒布いたしました新刊、既刊について、書店様での委託販売が開始しておりますので、お知らせいたします。当サークルの本にご関心を持っていただきながらも、コミケ等にお越しになれなかった方、もしよろしければこちらをご利用くださいませ。

今回新たに委託開始となるのは、今年のごちうさオンリー&夏コミ(C94)の新刊『ごちうさ6巻を読む(前半)』に加えて、昨年の夏コミ(C92)の既刊『ごちうさ論 その1〈基礎編〉』です。いずれもメロンブックス様でのお取り扱いです。

  

【書店様委託情報】

  

ごちうさ6巻を読む(前半)』(新刊)

ごちうさ物語における一つの転換点とも言える『6巻』を、「表紙」から順番に読み解いていきます。これからのごちうさはどうなっていくのか?これまでのごちうさとどうつながっているのか? 細部の仕掛けを追いかけていきます。

⇒メロンブックス

 

ごちうさ論:「Sister」の「魔法」〜「DMS」から読み解くごちうさ(C93)

〜最近のごちうさ世界のある「変化」を、「Sister」の「魔法」という観点から読み解きます。アニメ『Dear My Sister』の解釈、特に「夢」の解釈を、議論の出発点にします。

⇒メロンブックス

⇒COMIC ZIN

   

ごちうさ論 その1〈基礎編〉』(C92)

〜主に〝初期ごちうさ〟について。「ズレの構造」から読み解く。「もふもふ」とは何か? 「すべてがかわいい」の本当の意味。

⇒メロンブックス

 

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 (お取り扱い状況、2018/08/16現在)

  

メロンブックス

www.melonbooks.co.jp

 

COMIC ZIN

COMIC ZIN 通信販売/商品一覧ページ

 

 

 ◆それぞれの本について

 それぞれの本の概要については、お手数ですが、ブログ過去記事、書店様HP、コミケウェブカタログ、等をご参照いただければ幸いです。

 

ブログ過去記事

・『ごちうさ6巻を読む(前半)』

 

・『ごちうさ論:「Sister」の「魔法」〜アニメ「Dear My Sister」から読み解くごちうさ

 

・『ごちうさ論 その1〈基礎編〉』

  

 

コミケ ウェブカタログ

webcatalog.circle.ms

 

よろしくおねがいします♪

 

◆(雑記)

みなさま、お疲れ様でした。

コミケから帰ってきてからの諸々のお片付けやお洗濯、また戦利品たちの整理(収納する場所が…)や、じっくり読む(…という時間が取れればいいのですけど…[薄いけどたくさんあるし、いろいろ刺激されるので時間がかかる…])、その他諸々のこと(コミケ中疎かになっていたソシャゲ系の遅れを取り返したり)などで、忙しいですよね。そのうえ容赦なく進行するリアル生活もあるわけですから(…そうだ、そういうのもあったんだ…)、大変です。

 しかも、ごちうさ関連では「キャラクターソロシリーズ」(…っていう正式名称なんだね、「ソロシリーズ」って・・・ソロじゃないシリーズもあるってわけ??? ねぇ、エイプリルフールの嘘は、「嘘」じゃなくなるのよね、ごちうさはたいていの場合…)も発売されて、DMS-TPもありますものね(私は落選しましたが…皆様いってらっしゃい&円盤待ち)。『ごちうさ』は、勢いが激しいので、もう全部追いかけると大変ですよ。

私はごちうさの「グッズ」に関しては、もう一生分買ったと思ったので、極力見ないことにしています(見ると欲しくなるから)。イベントでもアニメイトでも、ごちうさグッズのコーナーには最初からなるべく近づかない(その代わり別作品のグッズを買い込み始めてしまっていますが…)。

それと、こういう「ごちうさの勢い」にまともに向き合うと、忙しくなりすぎて『ごちうさ』そのものを読む時間がなくなる、という事態にも陥りがちでした。「あれ?思ったよりちゃんと読んでなかった?」と、1年前のコミケ本を作るときに、思い知らされました。ごちうさに向き合うためにも、ごちうさから離れる時間が必要なのかもしれません。つまり、ごちうさが「仕事」や「勉強」(コミックス『1巻』「ATOGAKI」)になってしまってはいけない、ということです(?)。  

【2日目 西め34a】コミケの告知!!『ごちうさ6巻を読む(前半)』、ごちうさ論、ほか既刊アリマス!!

皆様お暑い中、いかがお過ごしでしょうか。もうすぐ夏コミですね。私は、カタログを見て、お買い物しなきゃいけないものを早くチェックしなければ、と思っているところです。

さて、今回は、当サークル「ロマン主義アニメ研究会」の、コミックマーケット94(夏コミ)参加のお知らせです。どうぞよろしくお願い致します。

【スペース】

コミックマーケット94 2日目(土曜日)

2018年8月11日(土) @東京ビッグサイト

西1 め34a

https://webcatalog.circle.ms/Perma/Circle/10371368/ 

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【最新刊】

ごちうさ6巻を読む(前半)』

B52段組 48頁 ¥500

──「ごちうさ」考察・随想・評論本。

(今年6月の「3秒でもふもふ」@インテ大阪 での新刊)

 

【既刊】

・『ごちうさ論 その1 <基礎編>』 ¥300

・『ごちうさ論:「Sister」の「魔法」──アニメ「Dear My Sister」から読み解くごちうさ』 ¥500

・『chimametai ni naritai!!』(コスプレ写真集) ¥400

  

 「西」館です!  (西館は涼しい、とかって聞きますが、どうなんでしょう?)

スペースにて、皆様のお越しをお待ちしております。既刊もいくらかご用意がありますので、よろしければ手にとってご覧いただければ幸いです。

 

 (追記)『ごちうさ』に独特な研究意欲を掻き立てられている人(なんで?なんで?)へ

改めて、コミケがあるので、ちょっと『ごちうさ』について、思うところを。

どういうわけか『ごちうさ』は、私の場合、もう研究意欲を掻き立てられて仕方がないのです。読んでいると、この発言は、たぶん以前のあれを踏まえてのことなのかな?確かにこの場面は、あのときと同じだよね。あのときと同じシチュエーションでありながら、しかしここが違っている。この「差分」が、つまり大事なことなんだ・・・とかっていうように、研究スイッチが入るのですよね。不思議なことに。

萌えるというより、こっちの態度の方が先に始まってしまい、面白くて仕方がないのです(正直に申し上げますと、もうほとんど萌え抜きで楽しんでいるのです…天ぷらそばのそば抜きとか、天ぷら抜きとか、そういう意識が高いのか低いのかわからない妙な食べ方をする人みたいで、申し訳ない気もします…)。あまり一般的な楽しみ方ではないとは思うけど、似たような人も少数ながら世の中にはいるのではないかと思って、こういう本を作ったりしています。

ごちうさ』にはかなり、理屈っぽい「骨格」があると思っています。

ふれあい動物園的なところとかで、かわいいふわふわの柔らかいウサギを抱きかかえてみると、意外と骨格の出っ張っているところがあったりして、「あれ、意外と細いね。意外とゴツゴツしてるね」と気がつくような、そんな感じでしょうか。

そして、ぬいぐるみみたいだと思っていたのに、呼吸のたびに体が大きく動くのが伝わってきて、「息をして、一生懸命生きているんだな、この子は」と気がつくような、そんな感じです(チノが、うさぎのぬいぐるみの「縫い目」に気がつくシーンを、思い出してみてください[DMS、原作5巻]。〝優しい世界〟には縫い目がり、リゼの手の傷もあるのです)。 

 

最新刊『ごちうさ6巻を読む(前半)』について(まえがきより一部抜粋)

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──神様はちっちゃいに宿る、とか? /それはきっと細部だと思うよ

チマメ隊「♡♡ケーキをもうひとつ?」

 

──やりたいことから きらきら受けとっちゃうんだよ

ココア「きらきら印をみつけたら」

 

 今回お届けします新刊では、これまでと少し趣向を変え、具体的なエピソードごとに即して、読解を試みていこうと思います。とりわけ今回は、原作コミックス「第6巻」を対象にいたします。こちらは既に読まれている方が殆どだと思いますが、よろしければ、どうぞご一緒に、もう一度コミックスを手に取りながら、読み進めてまいりましょう。

 

──なぜこんなことをするのか?

 私が『ごちうさ』研究を始めて以来、気がついたこと…というより、単に好きで読んでいた『ごちうさ』を、ただ読むのでなく、どうしてもいろいろと「研究」したくなってしまった理由でもあるのですが、それはすなわち、『ごちうさ』には、無数に・至る所に、細かな〝仕掛け〟のようなものが施されている、ということです。とりわけそれは原作において顕著です(アニメではすくいきれないような細かいものもたくさんあります)。そうした細かな〝仕掛け〟たちに注意を払いながら、仕掛けから仕掛けへと追いかけていくうちに、次第に『ごちうさ』の物語の全体を、より立体的に把握できるようになってまいりました。

 こうした〝仕掛け〟を追いかけた〝結果〟をまとめたものが、既にお届けしております2つの本(既刊)であります。そこで今度は逆に、そうした仕掛けを追いかけていく〝プロセス〟を、皆様とご一緒に楽しめないだろうか、と思ったのです。

 

──日常系作品における「個別」と「全体」の関係、『ごちうさ』の場合

 一般的に言って、日常系とも表現されるような作品では、「個別」(個々のエピソード、個々の4コマ)を「全体」(作品全体の大きな文脈)から楽しむというよりも、「個別」を「個別」としてそのままに楽しむこと、あるいは、せいぜい〝全体〟は「個別」が単に〝集積〟したものとして捉えることの方が、多いかもしれません。具体的に言えば、例えば、気の向くまま好きなページをランダムに開いて楽しむようなスタイルが適切な作品も多いかもしれません。実際、日常系と表現される作品では、そういったものも多いと思います。『ごちうさ』もそうした楽しみ方は可能ですし、私もよくやります。

 けれども、『ごちうさ』は他方で、「個別」(個々のエピソード、個々の4コマ、もっと細かく言えば、登場する個々のあらゆる要素)を、「全体」(大きな『ごちうさ』の文脈)の中で位置付けて読み解くための手掛り・仕掛けが、あまりにも頻繁に、明らかに意図的に、随所に散りばめられているように思われるのです。まるで、謎解きのヒントをわざと配置してある…ちょうど「シスト」のように、組み立てられているようなのです。そう、『ごちうさ』は、シストの地図を追いかけるような気持ちで、仕掛けから仕掛けへと追いかけながら読み解いていくと、より立体的に・より深く、味わえるように組み立てられている(と思う)のです。

 

──なぜ6巻?

 まず第一に、コミックス6巻の重要性です。コミックス6巻は、これまでの『ごちうさ』コミックスに比べても、一つの大きな節目、あるいは折り返し地点のような印象を受けるからです。このことは、まずコミックスを開くよりも前に、〝表紙〟を見ただけでも、何か感じとられることではないでしょうか(のちに、6巻表紙の〝新しさ〟について詳しくお話しいたします)。そしてもちろん、収録されているお話からもそのことを感じ取ることができると思います。この「6巻」を軸とすることで、『ごちうさ』の過去のエピソードと、これから続くかもしれない展開との、両方を見渡せるような見通しの良い地点に立てるのではないか、と考えたことがまず大きな理由です。

 また第二に、せっかくですのでなるべく新しいエピソードで、というのもあります。とはいえ、本当に最新の「連載」の場合、単行本収録を待ってから解釈をしたいという気持ちが残ります。よく知られるように、単行本収録時にはしばしば〝修正〟が加えられますが、それにより、のちに本書でもお示しするように、お話しのニュアンスが変わるという事例がしばしばあります。

 

──(ちなみに)

 ちなみに、本書は「ごちうさ6巻を読む(前半)」となっております…いや、なってしまいました。今回はいろいろな制約から、文字どおり「薄い」本を作りたかったのですが、6巻の「表紙」の読解から始めて順番に各話を読解していこうとした結果、まず「表紙」だけでかなりの分量を費やしてしまい、さらにその後も、想像以上に分量が増えてしまいました。このようなことから、本書で触れていないエピソードについては、またの機会に読み解いてまいりたいと思います。

 

雑感、申し込みジャンル変更

 今回は、コミケ前にオンリーイベント(6月の「3秒でもふもふ」@インテ大阪)に参加し、そこで新刊を作っておき、それをそのままコミケに持っていく、というやり方にしました。コミケの前って、お買い物したりコスプレしたりしたいので、それだけでもけっこういろいろ準備がありまして(しかも、一応、普通の人間生活も送っていますから…)、ギリギリまで本を作っていると大変なんですよ。だから今回は本を先に作ってしまおうということで、こうしてみました。

 なので「3秒でもふもふ」に来られた方にとっては、コミケでは何も新刊がないのですが・・・それでも、まあ、お気軽に来てもらえれば、と思います。

 なお今回から〝ごちうさ島〟で申し込みました(こう字で書くと、うさぎ島の大久野島みたいですね)。やはりいろいろ考えて、こちらのジャンルに出るのが、一番しっくりくるだろうな、と思いました。

 これまでは「アニメ(その他)」で出てたんですが、ここにはアニメ評論系が固まっていて、収まりはよかったのです。でも原作はアニメじゃないしなあ〜、とか思っていました。とはいえ「ジャンル違い」とはされてこなかった=当選していたのだから、その問題はなかったと思います(またごちうさの「アニメ」での表現についてもかなり書いているので、その意味では、原作が何であろうと「アニメの評論」と言ってもいいのだろう、とは思っていました)。 ──何かのご参考に。

 というわけで、少し迷ったのですが、新刊も『6巻を読む』で思いっきり原作ですし、こちらでよかったかなと思います。

 ええっと、要するにお気軽に来てください!ということが言いたかったのです。よろしくお願いします。